第二百五十七話 結局のところそれは家族愛
前半以外視点なしです。
「あの……もう一度言っていただけますか、姉様」
自分で自分の額に青筋が立っているのがわかる。うん、だめだ、整理しよう整理。頭の中を整理すれば落ち着けるはずだ。頑張れ私ファイトだ私。
「………私はお父様にお願いして、アルベルト王太子との婚約を進めるつもりよ」
──…ダメだ。なんでこんな急展開なのか、自分でも理解できそうにない。
───
遡る事二時間前、アステアがブレアへ手紙を送ってすぐの事だった。リンクの魔道具を利用したので今日中に届くだろうが、返事は早くても明日の夜。もしかしたらブレアが返事を書かない可能性もある。何より面識があるとはいえ教皇候補様にいきなり直通で手紙を送ったのは少しまずかったか、なんてちょっと後悔し始めていた頃だった。
「アステア様〜!お客様ですよ!」
ひょこっと窓から顔を出したリンクに、この屋敷には人外しかいないのかとアステアが呆れる。ここは二階だ。
「リンクってツッコミ役じゃなかったっけ…?」
「ツッコミ…?何かよくわかりませんけど、アステア様の側にいる限りは変化の連続なので慣れるようにとはクレイグさんに言われてます」
「クレイグの入れ知恵か!!!」
「心外ですねぇ」
「だから!クレイグは普通に登場しなさい!」
恒例であるクレイグの神出鬼没な登場にも慣れたものだ。2階の窓から客が来た事を知らせる魔道具士と、主人の心臓を毎回飛び上らせる登場をする執事。アステアの周りには変なのしか集まらない、とは誰が言った事だったか。おそらくは周知の事実だ。
「はぁ…まぁ良いや。お客様って…?」
「第一皇女姫殿下です」
「それを早く言いなさい!!」
ガバッと立ち上がったアステアが少しボサついていた頭を手櫛で直す。クレイグがここにいると言う事はエスターが対応しているはずであると予想し、アステアは自分を呼びに来たのであろうクレイグを連れて足早に姉の元へ向かった。
バンッ──
「姉様!!」
目をランランに輝かせたアステアが応接間で待っていたカリアーナへ抱き付く。カリアーナは抱きつかれるとわかっていたのかしっかりとアステアを抱きとめると、笑顔で「いきなりごめんなさいね」と謝った。
「謝る事なんて何もないよ。姉様が来てくれて嬉しいから」
可愛らしい笑みで答えたアステアに、カリアーナも思わず抱きしめ返してしまう。相変わらずの仲の良さに今までカリアーナの対応をしていたエスターは密かな嫉妬を抱きつつ、勝てない事はわかり切っているので静かに壁際へと移動した。
「今日はどうしたの?何かあった?」
「貴女、自分で言った事忘れたの?」
「えっ」
優しい口調でギクリとする事を言われる。アステアは自分が何を口走っていたかと記憶を漁ったが、どうやら何も思い浮かばなかったようで黙り込んでしまった。結局、最終手段だとばかりにカリアーナに上目遣いで「な、なんだっけ」と聞くと、カリアーナは少し呆れながらも「約束よ」と答えてくれた。
「私がアルバの姫君と一緒にいた時、私とお兄様は貴女に会いにきたと言ったでしょう?そしたら帰り際に「今度埋め合わせはするから」って言ったじゃない」
「………」
アステアがきゅっと口を結ぶ。まさか自分が姉との約束を忘れていたのかと思うと自害してしまおうかと言う気になってきたアステアだが、その前に謝るのが先だろう。姉とせっかく二人でお茶できる口実を忘れてしまった事への悔しさと、約束を忘れてしまった事への申し訳なさから目に涙を浮かべアステアが謝る。するとカリアーナは笑顔で「良いのよ」と返事をした。
「だから私が来たんだもの」
実はアステアが約束を破る事は珍しい事ではない。カリアーナが思っているよりもアステアが抱えているものは多いのだろうし、何よりそれは今現在形となって膨らんで行っている。屋敷にいる子供達が良い証拠だ。
アステアは姉が一番だと言うが、結局のところそれは家族愛であり、アステアのその愛情は家族ならば誰もが向けられるものであるとカリアーナは思っている。だから、他の家族も約束を忘れられる事があるなら、自分だって同じだろう。そうカリアーナは思っているのだ。
間違っても、自分だけが特別に思われていると勘違いしてはいけない。
慕ってくれている妹だけれど、自分だけが慕われているはずはないのだから。
「アステア、一つお願いがあるの」
アステアが涙を溜めた瞳でカリアーナを見つめる。母から受け継いた青と、自分と同じ紫。美しい色の瞳に微笑みかけ、きっと自分の頼みを断る事なんてしないんだろうとわかっていて、カリアーナは告げた。
「この屋敷にいる子達と会わせてくれないかしら」
その言葉の真意がアステアにはわからない。けれど姉の頼みならと素直に頷き、「良いよ」と笑って見せる。
その笑みを見つめるカリアーナは、まるで慈愛の女神のように美しく微笑んだ。
お読みくださりありがとうございました。




