第二百五十四話 「聖女の力」なんだけども
最後だけ視点なしです。
暖かい日が差す頃。私は久々にエスターとお茶をしていた。ちなみに今回はクレイグのお手製お菓子がお茶のお供だ。
「ねぇお姫様、ディウネのお姉ちゃんどこ…?」
体を泥だらけにして聞いてきたのは、瞳に涙を溜めたサラちゃんだった。その後ろには忙しなく周りを見渡しているノノもいる。
「どうしたの!?どこかで転んだ!?」
私より先にエスターが駆け寄るとサラちゃんがふるふると首を振って否定した。
「あのね、遊んでたんだけどね、泥の中で遊んじゃいました…」
「ど、泥の中で…?」
エスターの頬がヒクヒクと動く。あ、これは完全怒るやつだ、と私は悟った。
「沼で遊んじゃダメって言ったでしょう!!!!」
案の定、雷が鳴り響いてるんじゃないかってくらいの怒声と共に小さな天使が揃ってボロボロと涙をこぼし始めてしまった。
「しかも庭じゃなく森の中に入ったんでしょう!?森の中は危険だからもう少し大きくなるまで入っちゃダメだってクレイグさんにも言われていたはずです!!なんで約束破ったの!?」
「「ふぇ…ご、ごめんなさいぃ」」
「服を洗濯するのにも人の力がいるし!あなた達が着ている服だってたくさんの人が頑張って作ったものなんです!粗末に扱うのは許しませんと口酸っぱく言ってるでしょう!!」
完全に口調がお母さんだよエスター。でも確かに、使用人用の服とはいえ、この屋敷にある服は揃いも揃って馬鹿高い値段のものばかりだ。クレイグとエスターの服なんて普通の執事服とメイド服だが特注品なので、もしかしたら平民の1ヶ月分の給料になるかもしれない。
後から詳しく話を聞けば、サラちゃんとノノがディウネを探していた理由は体を洗って欲しかったからだそうだ。水の魔法を使うディウネは練習がてらにエスターの洗濯を手伝う事も多いそうなので、怒られる前に洗ってしまおうという算段だったらしい。
ちなみにサラちゃんとノノの他にも子供達が多数泥だらけで見つかり、エスターが大慌てで子供達を着替えさせる羽目になった。
「平和だ…」
屋敷のそこかしこで子供達の笑い声がする。時々泣き声が聞こえてくるのは喧嘩をしているのかエスターに怒られているのか。
私の呟きを聞いて、エスターとのお茶で使った食器や食べたお茶菓子を片付けてくれているクレイグが、「この屋敷は守られていますからね」と答えた。
「だねぇ。皇族家の屋敷ってだけでも警備が厳しいのに、それに加えてクレイグの結界魔術だもん」
けど、この屋敷の外ではきっと目まぐるしく色々な事が変わっている。ディウネにしたってそうだ。今ディウネは、クレイグの授業を受ける傍らでジュードの元に通い武神の魔術式について勉強している。
教えるほどの知識がジュードにあるかどうかは知らないが、無事に帰ってくるディウネが笑顔で「魔術も面白いです!」と言っているのだからある程度は満足できているのだろう。
ジュードの処罰については元々私に一任するつもりだったのか父様も口を挟む事はなく、問題なくディウネの望む通りにする事ができた。
持ちうる全ての記憶と知識を惜しみなく教える事。
一生を牢獄で過ごす事。
ディウネが望んだのは、このたった二つ。他に何かないのかと尋ねると、ディウネは静かに「この人はもう、何も望んでいないような気がするので」と答えた。
「………クレイグ」
「はい」
「頼んでおいた事は?」
ディウネが全て納得しているのならそれで良い。子供達にも成長した時に全て伝えなければいけないが、それはまだ遠い未来の話だ。
今は、目の前にある問題に向き合わなければ。
「神龍と聖女に調べた限りの関わりはありませんでしたので予知や予言についても調べたところ、龍の神話に二つの予言がありました」
クレイグが見つけ出した二つの予言。
一つは、「世が墜ちる頃、聖女来りて、森の奥底に眠る神龍が目覚め、聖女と共に総べてを救うだろう」と、なんともわかりやすい一行があったらしい。これはクロス・クリーンでも出てきたやつだ。
え?なんで乙女ゲームに神話が出てくるのかって?そりゃアレだからだよ。製作者の趣味全開の設定。ファンタジーなのにドロドロの暗い話が描かれた後に第四章で軌道修正するように、リリアにはある力が秘められているのだ。
ま、簡単に言っちゃえば「聖女の力」なんだけども。
───
「さっさと決めれば良いものを…」
忌々しげに舌打ちをした男が振り向き、もう何もしないのだと塞ぎ込んだ者が住まう森を見つめる。
「こちらも仕事なんだ。人間の事はいくらでも改竄できるとはいえ、遊戯に退屈を持ち込まれると私の首が飛ぶ」
誰に問いかけているのか、男が言葉を発しても草木の音一つ立たない。男はやはり忌々しげに、苛立った様子でその場を後にした。
「手段を選ぶのは今日でお終いだ」
お読みくださりありがとうございました。




