第二百五十二話 兄への想い
途中から視点なしです。
「あぁ、兄貴ですか?わかりました」
何事もないような顔で頷くリンクに私は目を見開いた。え…反応薄くない…?
「いや、え、良いの?」
「俺は家と縁を切った身ですし問題ありません」
いやいやいや、そういう事じゃない!リアンの事あんなに嫌ってたじゃん!
「良いの?まだ何かしようと決まったわけじゃないけど、何かあった場合はもしかしたら会うかも…」
「わかってますよ、大丈夫です」
にこりと笑う姿のなんと潔い事か。なんだろう、心が浄化されていく気分。
手紙の内容は簡潔に言えば現在のフィニーティスの状況と、リディア家の現状、そして私に割いてくれる人員の事だった。ちなみにクリフィードの文句が一面びっしり書かれた二枚目の便箋は子供達の紙飛行機の材料となった。
「リンクが良いなら…もし本当に嫌だったら言うんだよ?」
「はい」
今のリディア家はリアンが家を出てから引きこもり気味だったリディア夫人が社交界に戻りなんとか権威を維持している状態だそうだ。他国有罪処罰許可証で定めた処罰のおかげでリアンは滞りなく小伯爵となり、リディア伯爵の力は弱まった。罪状をリディア伯爵ならやりかねない「王城器物破損」に偽ったおかげなのかそこまでリディア家が貶される事はなく、逆に小伯爵になったリアンに「加減を知らない父」と「何も考えずに出て行った弟」を持った事への同情が集まる事となった。
夫人もリアンを支えているようだし、この調子で行けば早いうちにリアンが当主になれるかもしれない。
「それよりアステア様、子供達が絵本を読んでほしいそうですよ」
「えっ、読み聞かせって苦手なのに…」
「みんな構ってほしいんですよ。頑張ってください」
リンクに背中を押され、仕方なく子供達のいる部屋へ向かう。けど何故か子供達には「アステア様の事呼んでないよー?」と言われ、「えっ」と驚いているうちにまんまと遊び相手にさせられた。あれ、これってリンクに綺麗にかわされたって事か…?
「ねぇねぇ!これ読んで!」
「あ、結局読み聞かせはするのね、ハイ」
───
「我慢するのは感心しませんなぁ」
「!」
嘘をついてまでアステアをかわしてしまったリンクへどこから現れたのかクレイグが声をかける。びくりと肩を震わせたリンクは、アステアに嘘をついてしまったからなのか恐る恐る振り返った。
「く、クレイグさん…」
「あまりご無理はなさらない方がよろしいですよ。リアン様の事、本当はまだ整理がついておられないのでしょう?」
「ッ…!」
図星を突かれたリンクが黙り込むと、クレイグは「ふむ」と頷いて見せる。その表情は余裕を滲ませていて、リンクはクレイグに自分を責めるつもりなどないのだと悟った。
「アステア様に手紙の内容はお聞きになりましたかな?」
「あ、はい…」
フィニーティスは現在、王太子が決まって少し経った事もあり落ち着きを取り戻しつつあるようだ。最初こそ戦ばかりの王子が王太子になった事への不安があったが、ブラッドフォードが直向きに王太子として努力している姿が民や臣下の心を打ったのだと言う。リディア家はリンクが思うに母がいればひとまずは平気だろう。
そして問題が、クリフィード第二王子がアステアへ貸しても良いと言った人員だ。
第二王子が気を遣ったのかとリンクが首を傾げたところアステアは「馬鹿言わないでよ、アイツが気を遣う?寒気がしてきたわ」と心底嫌そうな顔で言っていた。それもそのはずだ。リディア伯爵は第二王子と王太子の剣の師匠だったのだから。
リディア伯爵の力を弱め、リディア伯爵を社交界や政治的に実質無力にしてしまったアステアにリディア家の人間を貸すと言うのはあまりに酷い。
リディア伯爵を尊敬している第二王子だが、リディア伯爵のしてしまった事に対してのアステアの怒りには納得しているため、ある意味での罰の意味もあるのかもしれない。
深く考えても仕方のない事だが、リンクは当然の人選だなと漠然と思っていた。
思った上で、気まずい気持ちになるのも事実だった。
一度は罵り憎悪した兄だ。しかもそれは全て己を守るためにした事で、今考えるとあまりに身勝手な事をしていた。
………まだ未定とは言え会う機会があるかもしれない。
「俺は、どんな顔をしたら良いんでしょうか…」
「サーレ様がいらした際には笑っていたじゃないですか」
「あいつは…あいつへの想いは、変わっていなかったので」
兄への想いは変わり過ぎてしまった。もう自分でもどうして良いのかわからないのだから相当だ。家から解放されて自由に魔道具が作れる今、もしかして自分のした事は昔兄がした事と一緒だったのでは、と。家の事を兄に押しつけたような形になっている事に関して、リンクは密かに悩んでいた。
「………あまり考え過ぎない方がいいと思いますよ。アステア様の側にいれば変化は免れません。その変化の連続に耐えるだけの心をお育てください」
そう言って笑いかけてくれるクレイグに、リンクは微笑しながら頷いた。
お読みくださりありがとうございました。




