第二百四十八話 調べて欲しい事
「そんな事になっていたのですか。良いものを見逃してしまいましたなぁ」
「笑い事じゃないし!」
穏やかな表情で笑うクレイグを睨むと、もう夕暮れ時という事もあってクレイグは「空まで怒っているようですね」とふざけた冗談を言う。確かに真っ赤になって怒ってるみたいね!私みたいに!
「ていうか、気付いてたでしょ」
「いえ、その時はライアン様と話しておりましたので本当に気づいておりませんでした。お止めできなくて申し訳ない」
「ライアンと…?」
そういえば生徒が全員揃っていたのに、ライアンの姿がなかった。だが、それにしてもクレイグに用なんてあったのかと少しばかり首を傾げると、クレイグが「謝ってくださったのです」と教えてくれた。
「学友が申し訳ない事をしたと言って…。おそらく今頃はリンク様やエスターのところにも行っているかもしれませんね」
きょとん、まさに今の私の顔に効果音をつけるとしたらそれだろう。まさかわざわざそんな事をしてたのか、良い子過ぎじゃない?ライアン君。
私のところに来ないのは、私が第二皇女としてロックの事を許したから。改めて謝りに来た場合、許したはずの私に恥をかかせる事になる。
なんて出来た子なんだ、ライアンッ!!!
「兄様の騎士になっても仲良くしたいなぁ」
「よろしいのではないですか?その場合、ロック様方ともお付き合いが続く可能性がありますが」
「騎士になった時点で主人が許したらどんな扱いも甘んじて受けなきゃでしょう?たとえ嫌いな相手に無視されたとしても、主人が許せば騎士は何も言えない」
「お許しになられたのではなかったですかな?」
愉快そうに聞いてきたクレイグに、「来客の無礼は許さなきゃでしょ?」と言い返してやる。騎士になったらその時は…ね。
「あ、そういえば、クレイグはリンクが怒った理由わかる?」
少し温くなった紅茶を一口飲んでから聞くと、クレイグがあからさまに「は?」と言う顔をする。え、なんか変な事言った?
「それは本気でおっしゃられているんですか?」
「そうだけど。だっておかしいでしょ、リンクはロックとイザベラが喧嘩してる程度で怒る人じゃないし。私がロックに侮辱された事を踏まえたとしても、リンクがそこまで私の事を主人として敬ってるかと言うと微妙なラインでしょ?」
「………アステア様は鋭いのか鈍いのかハッキリされないですねぇ」
心底呆れたように溜息をついたクレイグにちょっとムッとする。何よ、その反応じゃまさか、リンクが私の事を敬ってるとでも言うつもりじゃないでしょうね。
それこそ呆れるくらいありえないだろう。リンクは多少なりとも恩義を感じてくれているから私のところにいるのであって、私に忠誠を誓っているわけではない。
「アステア様、非道な行いをさせられている場合を除いて、衣食住を提供して尚且つ好きな事をさせてくれている恩人を敬わない人間はクズです」
「えっ」
「この際はっきり言いますが、この屋敷にいる人間は全員ロック様に怒っていますよ。ここは私の屋敷であると、ご自分と言ったではないですか」
え、えー…あー…そうなの?
確かに、ここは私の屋敷だからそれを忘れるなよ、とは言ったよ、うん。けどそれは、これ以上好き勝手したら私の言葉一つで学園に返す事もできるからなって意味合いが強かったんだけども。
「私って好かれてるんだねぇ…」
なんだか他人事のように思えて呟けば、クレイグがまた溜息をついた。いや、だって、そんなに好かれると恥ずかしいを通り越して現実味がないんだよ。
「あ、愛されてるな〜私!」
「顔を真っ赤にしながらおっしゃられても…」
「う、うるさい!そう言うクレイグだって私の事好きなんでしょ!?」
「主人としてお慕いしておりますよ」
サラッと!!サラッと恥ずかしい事言いやがって!このイケオジめ!!
「あー、もう良い。もう恥ずかしくなるの嫌だから聞かない。話変える」
「どんなお話をしましょうか」
「くっ、どれだけ急に話を変えてもついてきてくれるその臨機応変さが今ばかりは憎いッ!」
「光栄です」
ニコニコと笑うクレイグに、やっぱりクレイグには勝てないなぁ、と思わされる。でも、話を変えたいのも本当だ。クレイグには調べて欲しい事があるからね。
「子供達のお世話大変だろうけど、平気かな」
「…もちろんですとも。アステア様が皇帝陛下に申し上げた事で、生徒達への指導もそこまで力を入れる心配はありませんし」
「ん?あぁそういえば私、父様には指導はできないって言ったっけ…」
「結局する事になりましたがねぇ」
腕が鳴ります、と笑うクレイグには、本当に色々と任せすぎだと自分でも思う。だけど残念な事に、今現在私の周りにいる人の中で、一番私に欲しいものをくれるのはクレイグだけなのだ。
「神龍と聖女について、調べてくれない?」
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