第二百四十五話 ニッと笑い
視点なしです。
「どういうつもりですの!?」
バンッと机を叩き、イザベラは目の前で不貞腐れているロックを睨みつけた。不満が滲み出ているその姿に、またイザベラは「ロック!」と声を荒げる。
「皇女殿下の事を嫌うのは勝手だけれど、あれではライアンの評価まで悪くなる可能性がありますわ!」
「お前に言われる筋合いはねぇだろ!お前だって皇女の事睨んでたんだから!」
「それでも分を弁えているつもりですわ!貴方はただ自分の苛つきを周りに当て付けているだけじゃない!」
「あぁ、俺はご高明なマルティネス家のご令嬢と違って当たる相手もろくにいないもんでな!」
「なんですって!?」
気が長いとは言えない二人が衝突する事はままある事ではあったが、ここまで激しいものは出会った当初以来だった。いつも仲裁に入っているライアンはおらず、マシューとソフィアはオロオロとしながらそれぞれ二人を抑えるので手一杯だ。
「い、イザベラ、落ち着いて…ここで喧嘩したら迷惑になっちゃうよ」
「ロックも。お茶でも飲んで落ち着こう、ね?」
「「うるさい!!」」
お互い睨み合っている二人は他人の言う事など聞く気はないのか。どうにか落ち着かせようとするマシューとソフィアを跳ね除け、獰猛な狂犬顔負けの気迫で啀み合っている。
ここまでくるとライアンにしか止める事ができず、けれどライアンがここに不在の理由を考えると呼んでくる事も引け目を感じてしまう始末だ。どうしたものか、と考えて、やはりソフィアはライアンを呼び戻すべきだとマシューに提案した。
「あの二人を止められるのはライアン君しかいないし…」
「う〜ん…確かにそうだよね。でも…」
ライアンはロックが無礼を働いた事を謝罪しにクレイグの元へ言っているのだ。皇女には許しを得たが、なぜか焦った様子のライアンが居ても立ってもいられないというような顔で部屋を出て行ったのはつい先程の事。
「……よし!ライアンの事呼んでくるよ。もしクレイグさんと一緒だったら僕も一緒に謝ってくる」
マシューが続けて「二人の事、できるだけ宥めておいてくれる?」と頼むと、ソフィアは頷いて返す。言い合いをしているイザベラとロックはそんな二人の事など知った事ではないという様子でまだ言い合いを続けていた。
───
執事として部屋を与えられているクレイグだが、日中はほぼ屋敷内を仕事のために歩き回っているらしい。自己紹介の時にも「もし私に御用の際は、屋敷内にいる者にお聞きくださった方が早いかと」と言っていた。
そのためマシューは屋敷内を歩いていた子供に声をかけようとしたのだが…。
「ご、ごめんなさい…!!」
大体の子供が謝りながら逃げて行ってしまう。さっきは幽霊でも見たかのような顔で叫ばれた。
ディウネという女の子を見る限りでも人馴れしていないのは明白だったが、ここまでとは予想外だ。マシューは迷わないように道を記憶しながら、案内をしてくれそうな人を探す。
「…こんなところで何してるんだ?」
後ろから声がしてマシューが振り返ると、そこにはリンクの姿があった。
「あ、魔道具士の…」
「こんなところに一人で、迷ったか?」
「クレイグさんを探していて…」
「あー…あの人は神出鬼没だからなぁ」
しかも屋敷内をうろついているのは子供達ぐらいだ。他の使用人はリンクですら屋敷内を歩いているところをろくに見た事がない。そう考えるとなんとも不気味な屋敷だが、まぁそれは置いといてリンクはマシューにふっと笑いかけた。
「案内してやるよ。何かあったんだろ?」
「ありがとうございます!その、クレイグさんに用というよりは、クレイグさんのところに行ったライアンに用があるというか…」
口籠るマシューに首を傾げたリンクは「帰ってくるのを待っていれば良い話じゃないのか?」と思ったが、探しに来ている時点で急ぎの用である事は明らかだ。
マシューが子供達へ優しく接していたところを見ていたリンクは、まぁこの子なら無碍にする事もないかと案内をする事にしたのだ。
「そうか。案内って言ってもクレイグさんがどこにいるのかなんて俺もわかんないんだけどな。普通に歩いてれば会う事も多いけど…」
会う事が多いというのは、それだけ屋敷内を移動し続けているという事だ。探すとなると行き違いになるのが目に見えている。
「………あれ使ってみるか」
「?」
首を傾げるマシューに悪戯っ子のような笑みで応えたリンクは、ポケットから小さな鈴を取り出した。最近試作を始めている魔道具だ。
リンリン──
可愛らしい音色を響かせた鈴は少しの間鳴り続けると、ピタッと動きを止める。けれど、それはライアンを見つけた事を知らせるものではなかった。
「……もしかして用事って、喧嘩の仲裁?」
驚いた様子で目を見開くマシューにリンクがニッと笑いかける。気まずげにマシューが頷くと、リンクは「俺が引き受けるよ」と言った。
「え?」
「喧嘩の仲裁、別に止められれば誰でも良いだろ?」
マシューの額に、冷や汗が流れた。
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