第二百四十三話 ルフという少年
視点なしです。
フェアリーコロシアムの地下。隠し扉の向こう側にいた子供達の仕事は、ジュードという怖い男が使うらしい魔術式に魔力を注ぎ込む事だった。なんの目的で使われているのかと疑問に思う事があるが、地下にいる子供達は聞き耳を立てる事さえできない。
食事は一日二回、子供達の存在が知られないようにとジュードが直接持ってくるパンだけだった。それも日によって個数にばらつきがあり、魔力を注いでいる最中に倒れてしまうのも珍しくなかった。
そんな心身ともに疲弊した子供達をまとめていたのが、ルフという少年だった。
口が上手く穏やかで、けれど強い意志を持つ彼の事を誰もが慕っていた。ルフと唯一の同い年であるディウネは、自分とは違って真っ直ぐ前を向くルフの事を尊敬しているほどだった。
「ルフはなんでそんなにすごいの?」
「すごい…?俺のどこが?」
「だって、みんなをすぐに笑顔にするから…」
「そんなの簡単だよ。俺も笑顔になれば良い」
飄々と言ってのける姿は風のようで、実際彼が時折使っていた魔法は風の属性で、ディウネはルフの魔法を見るたびに「ルフにぴったりな魔法だね」と笑みを浮かべていた。けれどルフは自分が魔法を使える事を知っている子供達に口止めをするほど、魔法の存在を隠したがった。
なぜ秘密にするのか、理由を知ったのはディウネとルフが十三になった時。
ルフがディウネにだけこっそりと教えたのだ。
「魔法は魔術と違って珍しいんだ。俺の父さんも魔法が使えたけど、そのせいで利用されそうになったって言ってた」
「利用って…」
「俺と母さんを誘拐して父さんを利用しようとしたんだ。まぁ父さんは強かったからやっつけたけど…似たような奴に、今度は俺だけ誘拐されて、それで俺は今ここにいる」
「そう、なんだ…」
初めて知るルフの過去にディウネは言葉を失ってしまった。ディウネ自身も親に売られ奴隷に落ち、そしてコロシアムの地下へ辿り着いたが、全てを知った上で気丈に振舞うルフの事をまた尊敬した。
「だから秘密。俺は父さんに使い方を教わってたから使えるけど、ここにいる子供はみんな使い方がわかってない。このまま何もなく生活できればいつか助けはくるから、それまでは大人しくしてたいんだ」
「助けが来るって…そんなのなんでわかるの?」
「風が教えてくれるんだよ。風はどこまでも繋がってるから、少し先の未来も教えてくれる。それにジュードのバカは臆病者だろ?俺達が魔法を使えるって知ったら最悪殺されるかも…」
「!…ぜ、絶対言わない…!サラ達は絶対に死なせたくないから!」
「そこで自分が死にたくないって言わないあたり、ディウネは優しいな」
笑ったルフに、ディウネは「当たり前の事言わないでよ…」と頬を膨らませた。ルフとディウネにとって、一緒に暮らす子供達は命にかえても守りたい存在なのだ。
──けれど、だからこそ。
ルフは死んでしまった。
───
それはいつも通りジュードが子供達へパンを渡しに来た時の事だった。投げ捨てるように渡されたパンの数は今まで以上に少なく、それと同時にルフとディウネはジュードがいつも以上に不機嫌だと言う事に気がついた。
小さな子を近づけさせると蹴られてしまう可能性があるので、ディウネがその背に子供達を隠し、ルフがパンを受け取る。
と、その時。
ルフの腹に、ジュードの足がのめり込んだ。
「っ!…かはっ」
「あー…くそ、クソ皇族め。何が麗しの皇太子だ、何が誇りある皇帝だ。馬鹿の一つ覚えみたいに皇族皇族皇族様、糞食らえ。あんな奴らより武神に選ばれた俺の方が凄いだろ、このコロシアムだって俺のもののはずなんだ」
どうやら外でジュードの嫌っている皇族が活躍でもしたらしく、ジュードはルフの腹を何度も蹴り続けた。今までに子供達をまとめているルフがジュードに暴力を振るわれる事は何度かあったが、今回は機嫌がより一層悪いために終わる気配すらない。だんだんと強さが増す蹴りに、ルフは苦痛を押し殺すように歯を食いしめ耐え抜こうとする。
「ね、ねぇ、お姉ちゃん、あれじゃルフお兄ちゃん死んじゃうよ…」
「!」
瞳に涙を溜めてディウネに縋ったのはサラで、ノノはディウネの服の袖を強く掴み、やっとの思いで泣くのを我慢しているようだった。
今ここで、ルフを助けられる人間はいない。けれど、痛みを分け合う事は…?
止めに入れば自分も同じように蹴られるだろうが、ジュード一人の鬱憤を晴らすなら自分も協力すれば早く終わるのではないか。ディウネは怯える体と思考の散らかる頭で考えて、ずりっと足を前に一歩踏み出させようとした。
その時。
「!?な、なんだ!?」
「…?」
ジュードの体を台風のような形で風が包み込み、宙に持ち上げたのだ。ディウネ達は唖然とその光景を目の当たりにし、ルフは薄れかけていた視界の中でそれを確認した。
「ッ!!やめろ!!」
その叫びは風に包まれたジュードのものでも、ましてやディウネ達のものでもなかった。その叫びは、今まで見た事がないほど必死な顔をした、ルフのものだった。
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