第二百四十二話 心を映し出していた
「うぅ…まさかお茶を淹れるにも魔術を使わないといけなかったとは…」
「だ、大丈夫です!ここのお屋敷のティーポットが特別なだけなので!」
とりあえずディウネにお茶を淹れてあげよう、そんな事を考えていた私が馬鹿だった。クレイグやエスター達が使っていたティーポットは魔術式が組み込まれているらしく、魔術を使わないとうまくお茶が淹れられない仕様になっていたのだ。
だからいつもお茶が美味しかったのか、初めて知ったよ。
「ごめんね、ディウネにさせちゃって…」
「いえ、あの、アステア様にお茶を淹れる事ができて光栄です!」
魔術の授業なんて受けていない私は当然お茶を淹れられるはずもなく、今はディウネがちょっとばかり不慣れな手付きで紅茶を淹れてくれている。
「クレイグ先生のように温度とかは調節できてないですけど…」
「そんなの気にしなくて良いよ、ありがとね」
私のお気に入りの茶葉を淹れてくれたディウネに感謝を述べつつ、紅茶をコクッと一口飲む。すると驚く事に、その味はクレイグが淹れた紅茶と遜色が…いや、それ以上に…。
「美味しい…」
「ほ、本当ですか!?良かったぁ…」
「すっごい美味しい、え、どうやって淹れたの?」
魔術式のおかげで旨味が増しているのはわかる。けど、クレイグより美味しい紅茶なんて今まで飲んだ事ないのに…。
「あ、えっと、水の魔法を、ちょっとだけ…」
「魔法?あ、属性がどうとかって言ってたね」
「はい。魔法にはそれぞれ属性があって、魔術師と違って魔法使いは一つの属性しか使えないんです。それで、私は水の魔法が使えて…」
「なら、他の子達もみんな一つの属性だけ?」
「そうです。サラは火の魔法、ノノは地の魔法で。魔法には地、水、風、火の属性があって、他の子達もみんなそのどれかに属してます」
魔術師は知識と魔力さえあれば大抵の魔術を使う事ができる。魔法の場合は自然の化身とまで言われる精霊ありきのため、その中でも人に力を貸してくれる四大精霊の力を借りて魔法を使うらしい。
魔術も魔法も魔力を根本としていて精霊がいなければ使えないが、大きな違いは精霊の力を少し分けてもらって使うところと、その力を借りて使うところ…なのだと言う。
「………やっぱ勉強は苦手だ…」
「あ、いや、私もクレイグ先生の受け売りって言うか、教えてもらったばかりで、説明が下手ですみません!…でも、魔術にしても解明されていない部分は多いので、わからなくても全く問題ないそうです…」
「え、魔術師って探究者っぽい人多いのに…?」
「わからなくてもある程度の基礎ができていれば感覚で使えるようになるからと…あと、魔法使いはそもそも感覚一本なので覚えるだけ無駄だとも言われました」
クレイグって意外に感覚派なのか…。と言うか基礎だけできてればって絶対嘘だろ!私は忘れないぞ、魔術式の解剖図見せてもらった時の難解さ…あれは異次元だ…。
「まぁそうは言っても魔術師の探究心は底知れないからね〜。クレイグだって魔術師なら、絶対探究心旺盛なはずだよ」
「そうなんですか…?」
「うん、絶対。あとリンクもそうかな」
「あ、それはわかります。リンクさんに魔道具の話を聞いた時、予想していた以上にお話をしてくださったので…」
「あのリンクに魔道具の話するってなかなか勇気あるね…」
って、あら?もしかして今、ディウネが怯えずに喋ってくれてないか…?
何か言ってもすぐに謝る気配がないし、何よりちゃんと笑ってくれている。あれ、あら、もしかしてちょっと仲良くなれちゃった…?
「ははっ、なんか嬉しいな」
「?」
今度フィーちゃんにも紹介して三人で女子会でも開いてみるか。マイペースなフィーちゃんと会ったらどんな反応をするかな、なんて思ってクスッと笑うと、ディウネが「…嬉しいのは、私達の方です」と呟いた。
「私の魔法の一つに、人の心を水に映すものがあって…クレイグ先生に教えてもらうまでは上手くコントロールできてなかったので、その、皆さんの心が水に反射して見えていたんです…考えている事まではわからなくても、皆さんの心が悪意を持っていないのはわかりました。地下から出て、そんな人にばかり出会います…」
そんな魔法ある事に驚くと同時に、きっとその魔法のせいで知りたくない事まで知ってしまっていたのではないかと心配してしまった。
子供達は助け合って生きてきたのだろうけど、ジュードの心は不安定で恐怖心を煽るには十分だっただろうから。
「あの怖かった地下には、恐怖しか水に映らなかった…ルフがいなくなった時だって…」
「ルフ…?」
知らない名前が出てきて首を傾げると、ハッとしたようにディウネが「私と同い年の…子供達をまとめてくれていた子です」と教えてくれた。その時のディウネの手は微かに震えていて、緊張が解れたと思った表情はまた強張ってしまっていた。
「…話したくないなら良いんだよ?」
「あ、いえ、そうじゃなくて…自分が…不甲斐なくて…」
ギュッと握られた拳が、痛いくらいにディウネの心を映し出していた。
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