第二百三十八話 新しい風が舞い込んで
後半視点なしです。
「ようこそいらっしゃいました。第三屋敷の主人、アステア・カタルシア・ランドルクと申します。これからよろしくお願いしますね」
にこやかに挨拶すれば、私の前にずらりと並んだ生徒達がそれぞれの反応を示す。イザベラとソフィアは私より私の隣にいるライアンが気になるようで、マシューはこっちの様子を陰から見守っている子供達に笑顔を向け、ロックはなぜか私を睨んできた。理由は知らん。
「………学生だからって気緩みすぎだろうが」
「第二皇女殿下…?」
「?……あっ、いや、なんでない!」
ヤバイ、本音が…。厳しい訓練を受けていた騎士団より、指導員がいない私のところの方が気が緩むのは当たり前か。まぁそれでも、第二皇女相手なんだからもう少し気を引き締めて欲しいのはあるんだけど。
「えーと、それじゃぁライアンはクレイグが割り振った通りに彼らを部屋に案内してあげてね。クレイグとエスターはそれぞれやる事があるから」
「その後はどうしましょうか?」
「荷物置いた後に全員の顔合わせするから、広間に連れてきてくれる?」
「わかりました」
キラッキラの笑顔で応えるライアンはやはり癒し…。素直な子がここまで可愛いとは思わなかったよ。
「なっ!?」
「〜〜ッ!!」
「あ、あの、第二皇女殿下…」
「うん?……あっ」
本日二度目の失態。生徒達の前でライアンを撫でてしまいました…。もちろん、イザベラとソフィアは怒っちゃいました…。
───
「なんなんですの!殿方の頭を無遠慮に撫でるなんて!!」
「し、しかもライアン君の頭を…う、羨ましいっ」
「まぁまぁまぁ」
「………」
まさかインターンシップに来てまで全員一緒になるとは思わなかったライアンは、廊下を共に歩く四人を嬉しそうに眺める。
イザベラはそんなライアンに「何をそんなに笑ってるんですの!」と怒鳴るが、ライアンは全く気にした素振りを見せない。いつもの事だからだ。
「それにしても、まさか僕達がいる間にこんな事が起こっちゃうなんてびっくりだね。何事もなく解決すれば良いけど…」
「アルバの事かしら?…まぁ、まさかあの温厚なアルベルト王太子が謀反を起こすなんて想像もしていませんでしたわ」
「そ、そうだね。でも、カタルシアも一応のため警戒するって、軍事国家は警戒心が強いところがあるのかな…」
ソフィアの言葉に、イザベラが少し考え込む。イザベラ達は、自分達を指導している副団長達に「アルバが落ち着くまで様子を見て警戒を強めるため、子供の世話をしていられなくなった」と言われて第三屋敷、つまりは第二皇女の屋敷へ移動させられたのだ。
だが、それだけの理由で本当にカタルシアという大国の騎士団が学生を放り出すのだろうか。他にもっと何か裏があるのではないか。
そこまで考えを至らせて、聞こえてきたのはライアンの声だった。
「みんなの部屋はあそこだよ」
にこやかに笑うライアンに、ずっと黙っていたロックが「……二部屋しかねぇけど」と聞く。ライアンは苦笑いをしながら、「広さは十分だよ」と言った。
「他の部屋は保護した子達が使ってるからダメなんだ。残りの部屋で一番大きなところなんだよ」
「四部屋なかったって事ですの?」
「いやそうじゃなくて、四部屋隣同士になってる部屋がなかったんだ。だから二人で一部屋」
第二皇女の屋敷ならば、ライアンの言う通り広さは十分だろう。子供達の事を持ち出されて文句を言えるはずもなく、何より騎士団の寮に泊まっていた時よりはずっと広い部屋だ。
イザベラとソフィアは顔を見合わせた後に「夜更かししないように気をつけなきゃね」と言い合っていた。女子トークが盛り上がっていつの間にか夜が明けていた事があるらしい。
逆にロックとマシューは何も言わず部屋に荷物を置き、ロックはライアンに「なぁ」と話しかけた。
「なんだ?」
「…俺達が来る事、あの皇女は何も言ってなかったのか?」
「?…特に嫌がってる素振りはなかったな」
「…そうか」
ロックはインターンシップ初日の事を思い出す。自分を指導していた皇太子騎士団の副団長マーティンは、皇族の事を「特別が服を着て歩いている」とまで言っていた。馬鹿馬鹿しい。この世に特別な人間なんていないのに。
どんなに志高くとも、どんなに心が清くとも、汚れる時は汚れるし、死ぬ時は死ぬ。特別な人間なんていない。
ライアン達はそれをわかった上で、なおも志高くあろうとする。だからこそ一緒にいるロックにとって、周りから特別視されているカタルシアの皇族は嫌に鼻につく存在だった。まぁ、そうは言っても何ができるという話ではないのだが。
「みんな荷物は置いたか?じゃあ、これから屋敷の皆さんと初対面だ」
良い人達ばかりだよ、と言うライアンを見て、マシューは「そうなんだ」と頷き笑顔を浮かべ、イザベラとソフィアは密かに第二皇女へ闘志を燃やし、ロックは興味なさげに「そうか」と答えた。
こうして一気に賑やかになった第三屋敷に、また新しい風が舞い込んできたのだった。………ちなみにその頃、アステアはなんとなく面倒事が起きそうな予感がしていたものの、何かフラグになるような気がして無心でサラの頭を撫でていた。
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