第二百三十六話 憂鬱だ
アルバの国王だったアーロンが打たれた日、王城に盗賊が入ったらしい。なんでも王の秘宝とかなんちゃらを盗みに。
完璧なもの大好きなアーロンは身を挺して秘宝を守り、駆けつけた王太子とその友人が体に傷を負って、それでも盗賊を追い返した…というのが巷に溢れ返っている噂である。
いや、完璧アルベルトにやられただろ、アーロン。
ルカリオも協力していると見て間違い無いだろうけど、ストーリー自体が始まっていない事を踏まえると自主的に協力したのかは謎だ。ヒロインであるリリアの様子もおかしいし、何かが掛け違っているような違和感がずっとある。
何より、なんで姉様にアルベルトが求婚するわけ…?
「意味わかんないな…」
ぼそっと呟いた言葉に、「その通りです、陛下」と同意を示したのは兄様だった。あ、忘れてた。ここ父様の執務室だった。
「接点もこれと言ってありませんし、王が崩御したばかりで婚約を求めてくるなんておかしすぎる話ですよ」
「おそらくは王太子の策略で殺されたんだろうな。だが、問題はもっと深刻だ」
手紙を開いた状態で机に置いた父様が、トントンと指で最後の一文を指し示す。
──これを拒否するなら、多少手荒な事も厭う気はない──
それはつまり、姉様を差し出さなければ戦争でもする気があるという事だ。こんな馬鹿げた手紙を送ってくるなんて、アルベルトの頭には虫でも湧いたのか?
「………戦争するのは避けたいところですが、これは喧嘩を売っているようにしか思えませんね」
「あぁ。正直アルバ相手なら民から兵を集めなくとも近衛騎士団だけで対処できるんだが…」
「ここまで言うなら何か秘策があるはず、という事ですか?私の知る限り、あの王太子はこんな事しませんよ」
「わかっている。おそらく王太子と一緒に盗賊を撃退した友人とやらの可能性が高いだろうな。サリンジャー家の当主も何者かに殺されたと言う話だ」
戦争云々の話は父様と兄様の専売特許のようなものなので、私と姉様は会話を見守る事しかできない。私達皇族と宰相のエミリーだけが集められているところを見ると、この手紙は皇帝に直接届いたものだろう。
確かに何か裏があるはずだと疑う気持ちもわかる。
父様の話では、アルバの国王が崩御した事はすでにアルバの国民には知れ渡っているという事だ。まぁそうじゃないと噂が流れているのもおかしな話なんだが。
でも、流石に早すぎる。王が死んだという事は、王太子がすでに決まっていたとしても国の弱みになる事態だ。少しの間隠しておいて、時を見計らって公表する方が良いはず。アルバのような商売が盛んな国は特にだ。
なのに王が死んだ事はもちろん、死んだ理由まで正確に知られている。
「稚拙…というよりは焦っているのか。王太子がカリアーナに惚れているという話も聞いた事がない。何か他の目的があるのかもしれないな」
姉様にはもうブラッドフォードっていう婚約者(仮)がいる。これほどまでに良い相手もいないので、父様が姉様を渡す理由なんてない。そもそもこんな喧嘩腰の相手に父様が良い対応をするはずがないのだ。
「戦争は避けるが、何かあれば近衛騎士団を動かすつもりでいなさい。騎士学校の生徒は一応のためアステアの屋敷へ移動させる」
「え!?」
父様が指示を出し、なぜか私の名前が出てきた。え、いや、なんで。
「アステアの屋敷ならあの執事がいるだろう」
「クレイグの事ですか?確かにクレイグなら防御系の魔術もできますけど…」
「怪我は良いとしても流石に死なせるのは学園長に睨まれるからな。アステアのところなら比較的安全だ」
………まぁ、アルバが何か仕掛けてこないとも言えないし、狙われる可能性の低い私のところに集めるのはわかりますけど。
「…わかりました。けど、流石に指導はできませんよ。子供達だっているんですから」
「そこはデーヴィドもわかってくれるだろ」
渋々引き受けた私に、父様がほっと胸を撫で下ろす。本当、皇帝として立派なのに娘相手だと顔色伺いを忘れない良い父親だ。
というか、つまり私を睨んできた女子生徒二人もうちの屋敷に来るわけか。
これ以上屋敷が騒がしくなるのかと思うとすごい憂鬱。
「………」
「?…姉様?」
黙り込んでしまっている姉様の顔を覗く。憂鬱だけど、ちょっと眉を下げた可愛い顔の姉様を見たら少し元気になった。
「アステア、怒ってないの?」
「え?」
「貴女なら、一番に怒ってしまいそうで心配したのだけど」
「…あぁ」
姉様の言葉に、父様と兄様も、ついでにエミリーも「それもそうだな」と頷いている。確かに普段の私なら、アルベルトこの野郎ハゲてしまえその心臓に槍でも刺してやろうか!くらいは普通に言っているだろう。……だけど。
「大丈夫ですよ、姉様。これでもちゃんと怒ってますから!」
私は本気で憤ると、逆に笑顔になってしまうらしい。
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