第二百三十五話 望んだのは
視点なしです。
サリンジャー家の当主が死んだ。腹部を刺されており、他殺である事は明らかであった。
「………どこで、掛け違えたのか」
アルベルトは誰もいない部屋で真夜中らしい不気味な暗闇に包まれながら、ポツリと呟いた。ルカリオ・サリンジャーという男は、アルベルトの唯一無二の親友であった。王族という立場を忘れて馬鹿な話もする事ができるし、敬称を付けずに名を呼ぶ事を許している相手でもある。
そんな男に、父親を殺させた。
親子の別れだ。見届ける事はしなかったが、泣き崩れるルカリオと厳しくも優しく接してくれたサリンジャー当主の死顔を見れば、アルベルトはルカリオが当主を殺めたのだと確信できた。
コンコン──
部屋のドアがノックされる。その音が終わりを告げる様で、始まりを告げる様でもあった。
「アルベルト、そろそろ…」
父を殺めた親友の声で、アルベルトは重い足取りで扉を開けた。その腰にはアルベルトが愛用している剣があり、ルカリオは唇を強く結んだ。
───
「なぁ、まだ引き返せるぞ」
王と謁見するための広間の大扉。扉に手をかける直前、ルカリオが言葉を投げた。
「確かに俺は父親を殺したが、それなら好都合だ。この謀反の企ても全部俺がした事にすれば良い。お前は俺に魔術でもかけられてたって事にすれば多少の罰はあっても許されるはずだ。だから──」
「ありがとう、ルカリオ」
その言葉はごく自然にアルベルトの口から落ちていた。父を殺めてまでも自分の側から離れないでいてくれる事、同じ罪を背負ってくれる事、最後まで庇おうとしてくれる事。アルベルトはルカリオという男を友人に持てた事を、何よりも神に感謝した。
「だけどな、ルカリオ。わかってるだろ?後戻りなんてできない。それに遅かれ早かれこうなってた気がするんだ」
「ッ…!なんで、なんでそこまでするんだ!?確かにあの子は虐げられてるけど、それだってお前が王になるまでの辛抱じゃないか!」
「それじゃ遅かったんだよ」
この世で一番愛おしい妹が望んだ。助けてくれと、もう何にも傷つけられたくはないのだと。
私のためなら、愛してくれるなら、王を殺せるだろう?と。
「俺のせいにして良いから、これ以上罪を重ねないでくれよアルベルト…じゃないと俺は…」
「ルカリオ…」
頼むから、と懇願するルカリオの姿は見た事がないほどに必死で、父を殺めた事で涙を流していた時とよく似ていた。
そうだな、俺が王を殺めたら、きっとお前は…。
「それでも、お前は俺を裁いてないじゃないか」
サリンジャー家は王を守り導き、そして王が過ちを犯したその時は、王の身を焼く業火となる。王家とサリンジャー家、そして一部の貴族しか知らないその決まりは絶対だ。
次世代の王はアルベルトで、アルベルトを守り導くのはルカリオ。なら、アルベルトが過ちを犯したその時は、ルカリオがアルベルトの身を焼かなければいけない。
「お前がついてきてくれるなんて、わかってたんだけどな」
きっと、アルベルトをとめられるのはルカリオだけだった。アルベルトが誰よりも信頼しているルカリオだけが、アルベルトの身を焼き王の過ちをとめる事ができたのだ。
けれど、その決断をするにはルカリオは若すぎた。
親友の身を焼くには、ルカリオはアルベルトと笑い合いすぎてしまった。尊敬する父を殺めたとしても、アルベルトの願いを叶えたいと思ってしまったのだ。
ギィ──
大広間の扉が開かれる。待ってくれ、とか細い声がするけれど、アルベルトが振り返る事はなかった。
───
アルベルトは目の前で玉座に鎮座する王を見据え、王に剣を向ける。けれど、喉元に光る剣を物ともせず、王はニヤリと笑った。
「その慈悲がいつか裏目に出ると忠告したはずだぞ」
「………」
グッと剣の柄に力を込めたアルベルトに、なおも王は笑う。
「完璧なものはいずれ壊れ崩れ落ちる、それが世の理だ。だからこそ完璧なものは何よりも美しい」
「この状況でよく減らず口が叩けますね…」
「現実を見ろアルベルト!完璧でないお前の妹はどうだ!?何か欠けたものは不変だ、アレの愛は一生消えない鎖となり、欠けた部分を愛で埋めようとする」
「ッ……黙れ!」
「お前は慈悲なんぞをくれてやったばかりに、欠けた部分を埋める不変の愛を捧げ続けなければいけなくなった。あぁ、哀れだなぁ、愚かな我が息子よ」
スッと伸びてきた王の手が、ガタガタと震えるアルベルトの頬に触れる。
わかっている、全てわかっているのだ。だが、それでも、親友の手を汚させてまで、実の父を、王を殺めてまでも、アルベルトはリリアへ愛を捧げたかった。
それが報われないと知ってなお、アルベルトが望んだのはリリアの幸せなのだ。
「……せいぜい埋まらぬ愛を捧げ続けろ、アルベルト」
「なっ…」
ズッ──
アルベルトが目を見開く。手に力が入っているのか分からなくなり、手から溢れた剣は深く王に突き刺さったまま地に落ちていた。
自ら身を乗り出した王は、息子の剣で心臓を貫かれたのだった。
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