第二百三十一話 不幸なシナリオへ
「アステア様〜!サラね!火の玉を的に当てられるようになったんだよ!」
「サラ!危ないから走らないの!」
「これ読んでみてください!僕が書いた手紙です!」
「みんな、アステア様ご飯中なんだから邪魔しない!」
一言、騒がしい。いや、賑やかになったと言うべきだろうか。今までは人が増えても、それはもう大人だったり、大人の世界にいた子ばかりだったから知らなかったが、子供ってこんなに元気なものなのか。自分も子供の頃こんなに元気だったのかな…。
「アステア様は今も十分元気ですよ」
「クレイグ心の中読まないで」
毎回心臓に悪いわ!
耳馴染みの良い音を立てながらカップに紅茶を注ぐクレイグと、子供達を注意しているエスター。ディウネとノノは反省しているようだけど、サラちゃんはずっと私の方見てるから反省してないな。
もう三日も前からこの生活が続いている。初日は驚きの連続だったけど、すでに慣れ始めている自分が怖い。
それにしても…。
「サラちゃんもう的に当てられるようになったの?ノノは文字も書けるようになって…」
元々コントロールが上手かったけど、クレイグが満足そうに笑っているところを見るにうっかり暴走させる事もなくなってきたんだろう。文字だって、何もわからない状態でもう手紙が書けるとは…。
たった三日で、子供の吸収力とは凄まじいらしい。
どのくらい上達しているのかを見るためにも、ノノが書いたと言う手紙を受け取る。そこには、拙い文字で感謝の言葉が綴られていた。
「あの、あの、僕達を引き取ってくれた事、ちゃんとお礼が言いたくて。それで、クレイグ先生が手紙が良いんじゃないかって」
「そっか。ありがとう、ノノ」
クレイグ先生…ふっ、クレイグが先生って…くっ、ふふっ。
「心の中で気持ち悪い笑いはやめていただきたいのですが」
「だって、クレイグだったら調教師の方が似合うんだもん」
「確かにエスターの事は子供達よりも厳しく扱きましたので否定はしませんが…」
不服そうな顔をするクレイグは、どうやら先生と言う呼び方に悪い気はしていないらしい。可愛いところあるな、とまた私が笑えば、クレイグがやっぱり不服そうな顔で「そろそろご準備ください」と言ってきた。
「ん?あぁ、父様に呼ばれてたっけ、そう言えば」
今日の朝早くにいきなり呼び出されたけど、何かあったのか。
少し嫌な予感がしながらも、私はクレイグに急かされるままに支度を始めた。
───
皇帝の執務室。中に入れば父様とエミリー、そして兄様と姉様が揃っていた。
「どうかしたんですか…?」
騎士団長達も見当たらないし、ここにいるのは皇族と国を支える宰相だけときた。これはいよいよ、本当に何かあったのか…。
「とりあえず座りなさい。話はそれからだ」
「…はい」
いつもなら笑顔で出迎えてくれる父様が、にこりともしない。姉様の隣に座ると、どうやら姉様も兄様も私同様なんの話をされるか全く見当がついていない事が見て取れた。
姉様の婚約の件ならもっと明るい雰囲気でするだろうし…。
それに、エミリーの表情が暗いのも気になる。フィニーティスと縁ができるのは、宰相からしたら良い話のはずだ。たとえ父様が嫌がっても、エミリーが嬉々として発表するに違いない。
なのに、なんでこれから嫌な事でも起こるみたいな暗い顔を…。
その答えは、すぐにわかった。
父様が怒りを抑えるような表情で、合わせていた手にグッと力を込める。これまでにないほどの怒りようの父様を見て、私や姉様達は自然と背筋を伸ばしてた。
「アルバの王が、崩御した」
「「「!!」」」
なんで……だって、シナリオは始まってないのに…。
確かにアルバの国王は息子であるアルベルトによって打たれて、アルベルトはリリアと幸せを掴むけど、ゲームのシナリオはドリューが予知夢を見て行動したおかげで始まってもいないはずだ。きっかけになるグウェンだって、今はドリューやミアと一緒に田舎で暮らしてる。
それなのに、なんでシナリオと同じ事になってるの?しかもシナリオよりも展開が早い。
「アルバは王太子も決まって安泰だったはずでは?」
兄様が冷静な頭で聞くと、父様は「その王太子に打たれたんだ」と答えた。…やっぱり、シナリオと同じだ。
「まだ調べさせている最中だから断言はできないが…おそらく、多くの臣下が忠誠を捧げていたのは王家だったんだろう。国王が誰であれ、王家や国が安泰ならばそれで良い…」
全くその通り。臣下達は、アーロンよりもアルベルトの方が国をより良くすると判断した。つまり、アルバの国王アーロンは、臣下に裏切られたと言う事だ。
「そして、昨日の真夜中。これが届いた」
父様が見せてきたのはなんの変哲もない手紙。王家の紋章が入っているので、おそらくアルバから送られてきたものだろう。
そこに、書かれていたのは…。
「カリアーナを、アルベルト・アルバ・ファニングの妻として娶りたいそうだ」
やっと好きになった人と幸せになれそうだった姉様を、また不幸なシナリオへ突き落とす言葉だった。
お読みくださりありがとうございました。




