第二百二十九話 子供にとっては呪いに過ぎない
視点なしです。
ある学者の説では、魔術は神が作った魔道の法に従い何者にも使う権利があるが、魔法は魔道の法を破る事が許された者のみが行使できる特権なのだと言う。曰く、神に祝福された子らなのだとか。
「全く…“フェアリー”とはよく言ったものですね…」
森羅万象のモノを象ったのが妖精だとすれば、確かにこの世界の創造主たる神に祝福された存在かもしれない。
特別な魔力とは、神から与えられた特権か。
だが、それをこんな小さな子供にまで与えるなんて、神とはなんと残酷なのか。
大人ならば、あるいは地位の高い者ならば身を守れたかもしれない。けれど、扱いもわからない力を与えられても、なんの身寄りもない子供にとっては呪いに過ぎないのだ。
クレイグは、眼下にある子供達の寝顔を見つめた。その表情は複雑そのもので、普段のクレイグを知るものなら、アステアならば、驚きのあまり目を見開いてしまう事だろう。
けれどそれも致し方のない事だった。
クレイグの目に映っているのは、膨大なまでの魔力が子供達の体にこびりついている光景なのだから。
子供達を守っていた風のように暖かくもなく、ただ子供達から離れないと呪いをかけるような魔力。こびりついているという表現がピッタリだ。
先ほどの風が守っていたからこの魔力量がバレなかったようだが、それにも限度があるだろう。きっと今までは、子供達が同じ場所に集まっていたから覆い隠せていただけに過ぎない。教会から出て、それぞれ独り立ちするようになれば範囲も広くなり、風が届かない場所に行ってしまう。
そうなれば、力の扱いを知らない者は利用され、扱いのわかる者は化物と罵られるか。そんな人生が、待っている。
「これはどう報告したものか…」
クレイグを向かわせるほどなのだからアステアも薄々は勘付いていたのだろう。それでも自分で暴かずに慎重になっていたのは、子供達を思うが故。いきなり自分の中の知らない力を暴かれれば、やっと心を開き始めたという子供達を傷つける事態になってしまうかもしれない。
少し頭を悩ませたクレイグは、けれどアステアに言われた言葉を思い出す。
──クレイグの判断に任せるよ──
アステアはこの事をクレイグに一任している。他に任せられる者がいないのもそうだが、クレイグならば、自分に不利になるような、あるいは子供達に不幸を運ぶことなどしないと知っているからだ。
「お互い不利益にならない方法…ふむ、私には一つしか思い浮かびませんなぁ」
笑うは主人に跪く執事か、知識を探求する魔術師か。
子供達を守る風が、ゆるり、また緩んだ。
───
「あぁ、クレイグさん。おかえりなさい」
屋敷の裏口。誰も起こさないようにと静かに帰ってきたクレイグを出迎えたのは、可愛らしい尻尾を柔く揺らしたエスターだった。
「ただいま帰りました。アステア様は?」
「ライアン様とお話になられた後に眠られました」
「そうですか。それで、貴女はどうしてここに?」
いつもならばすでに眠ってしまう時間だろう。明日の業務もあるのだから、クレイグは夜更かしして良いなんて教えた覚えはないのだが。
「クレイグさん一人じゃ手が回らないんじゃないかと思って」
ニコッと笑ったエスターは、アステアの知らない顔をしていた。まぁあえて言うならば、クレイグの教え子らしい顔だろう。
予想するにエスターもアステアの様子がおかしい事に気付いており、帰ってきたクレイグの仕事を何か手伝いたい、と言う事だろうか。
「教えた事をちゃんと覚えているようですね」
「まぁ今現在も扱かれ続けてますから。それに、これでも優秀な方でしょう?」
胸を張って言うエスターに、クレイグが「自信過剰は減点ですよ」と笑いながら答える。負けじとエスターも「正当な評価です」と言葉を返せば、クレイグは教え子の口達者な姿に、少し昔の事を思い返してみた。
…確かに教え始めた頃よりは随分マシになったか。
「わかりました。では、エスターにも手伝いを頼みましょうか」
「!…任せてください。何をすれば?」
「するのは明後日からです。明日のうちにシスターが手続きを終わらせてくれるはずですから」
「?」
これからどうするのか、はっきりと言ってくれないのは昔からだ。エスターは疑問が残りながらも、「なら、する時になったら教えてくださいね」と言った。
「えぇもちろん。その時には馬車馬の如く働かせてあげますよ」
「………鬼じじい」
「何か言いましたか?」
「いえ何も言ってないです!クレイグさん!」
「百歩譲って爺さんと言い直さなかったのは評価しましょう。明日は仕事量2倍ですね」
「うぅ…少しくらい見逃してくれたって良いじゃないですか…」
なぜ自分から墓穴を掘りに行くのか。アステアは可愛いと言うが、そろそろ本気で治してもらわなければいけなくなった。これから増える教え子達が、姉弟子の悪いところを万が一真似してはいけないから。
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