第二百二十八話 ただ言えるのは
クレイグよりの視点なしです。
ライアンと別れた後、クレイグは気を取り直して教会へ向かった。夜道とあって人はおらず、加えて夜は魔物の時間だ。クレイグにとってはどの時間帯よりも体がよく動く心地の良い時間。強いて溜息が出てしまうところを挙げるとするなら夜の名前を冠した元近衛騎士を思い出してしまうところだが、時間が経てば忘れてしまう事ができるだろう。
クレイグは常人では考えられない速さで教会に到着した。
「確か…」
子供達が遊んでいたのは女神の部屋、なら寝室もその近くのはずだ。子供達と会った事がないため特定はできないが、ならば子供の気配を探れば良いだけの話。
クレイグは教会の隅々にまで神経を研ぎ済ませようと目を閉じ……そして、こちらをジッと見つめる女性に気付いた。
「……覗き見とは淑女のする事ではないかと思いますが」
「真夜中の教会に無断で立ち入るのは紳士の行いではないのでは?」
「生憎と私は執事ですので」
ぼうっと淡い光を宿したランタンを持って現れたのは、昼間アステアを案内したらしいシスターだった。不思議な雰囲気を纏うシスターに、クレイグはにこりと笑いかける。
「また日を改めた方がよろしいですか?」
アンデッドであるクレイグが教会に立ち入るなど、神に身を捧げるシスターならば嫌がる事だろう。こういう時、本当に魔物という立場は邪魔だと実感してしまう。だからこそアステアの目に留まったのだから、憎む事はしないけれど。
「………いえ、お会いしたいのは子供達ですね?ご案内します」
「!」
全くの予想外。シスターは笑顔で応えると、クレイグに背を向けて教会の中へ入って行ってしまった。
まさか許しがもらえるなどと思っても見なかったクレイグが珍しく目を見開いていると、着いてこない事を不思議に思ったシスターが振り返る。
「どうかされましたか?」
「…シスター、貴女もご存知のはずでしょう。私はアンデッドです」
「あぁ…」
クレイグの動揺に納得して頷くシスターは、少し間を置いてから口を開いた。
「サディアス教の聖書には、遥か昔に消し去られた章があると聞きます。曰く、死してなお生きる生物は皆、サディアスの加護を受けるものなり、と」
それは、今はベッドの上で眠りこけているのだろうどこぞの教皇がいつかの日に言った事と同じだった。その真実を知り口を噤む事を誓っていたのだから、きっとその教皇が誰かに話したわけでもないだろう。
「………その教えは随分と前に人の記憶から消されたと思っていたのですが」
「ここは数多の神々に祈りを捧げる教会であり、数多の神々を祀る神殿です。中には悪戯好きの神もおりましょう。私はただ、神の教えに従うのみですから」
ごく稀に、神の祝福を受ける人間がいる。わかりやすい例を挙げるとするなら、サディアス教国の次期教皇候補であるブレアなどだ。
彼らは生まれた場所や環境によってその能力を隠している事もあるが、大抵の場合、神に近い場所で生きている。
「…なるほど。シスターがそう言うなら納得しましょう」
今回は自分が口を噤もう。その祝福に大小があるとしても、神の愛しい子供に魔物如きが口答えできるはずもない。何より、神という存在やらには何かと恩…と言うには微妙なラインだが、まぁ縁があるのだ。
クレイグはシスターと共に微笑み、教会に足を踏み入れた。
───
シスターが足を止めたのは、月に祈りを捧げる女性が彫り込まれている扉の前。子供達の遊ぶ部屋からそう遠くない場所だった。
「起こさないようにお願いします。やっとよく眠れるようになってきたんです」
子供達に少しの罪悪感があるのか、眉を下げてそう言ったシスターに、クレイグが一つ頷く。その所作の全てに音はなく、シスターは密かに感心すると、自分が子供達を起こしてしまわないようにと一歩後ろへ下がった。
代わりとでも言うようにクレイグが一歩前に出て、扉を開く。
無音で入る事ができたのは良いとして、さて、これからどうするか。
アステアには見てきてほしいと言われただけだ。おそらく言葉の裏に意味などないだろうし、これは本当に見るだけにしてしまうか。クレイグは少し悩んだ末に、すやすやと眠る子供達を眺める事にした。
「……?」
と、思ったのだが。どこかおかしいような気がする。見た限りでは子供達が穏やかに眠っているだけなのに、なぜか違和感が残る感覚。
「…風、ですか」
暗闇の中で光るクレイグの瞳が捉えたのは、子供達を囲うように風が吹いている光景だった。風など目視できるはずもないが、アンデッドとなり感覚の鋭くなった体はよく働く。
「無駄な抵抗はやめなさい。子供達に危害を加える気はありません」
きっと側から見れば宙に話しかけているクレイグは気味が悪いだろう。だが、クレイグは至って真剣な表情で、「大丈夫ですよ」と話しかける。
少しすれば多少効果が現れたのか、ゆるり、風が緩んだ気配がした。
「!?…これは…っ!」
あり得ない、と口から出そうになり、クレイグは慌てて口を抑える。子供達を守る風が緩んだ事で見えた光景は、先ほどとは全くの別物。ただ言えるのは、それはあまりに、魔術師であるクレイグにとって、衝撃的なものだった。
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