第二百二十七話 「見てきてほしい」とは
クレイグ寄りの視点なしです。
数時間前、アステアとライアンが帰宅した時、クレイグは一瞬で理解した。これは何かあったな、と。
まだギリギリ十年にも満たない付き合いとは言え、アステアの周りにいる人間の中では古株であるクレイグの勘は今日も正常に機能しているようだ。
「クレイグ」
名を呼ばれただけで、その声の温度だけで、主人が何を望むのか察する事ができてこそ一流…いや、人外の自分が執事をしている意味があるというものだろう。実力のない人間を、愛でる目的以外でアステアが側に置くはずもない。
クレイグは感情を悟らせない笑みで応え、アステアが望むままにすぐにアステアの部屋へ向かった。
「おや、こんなところで何をなさっているんですか?」
「クレイグさん!」
いつもならクレイグとエスター以外近寄る事のないアステアの部屋の前に、今日は年若い青年が。
端正な顔立ちだからなのか、皇城から支給された見習い騎士の制服がまるで聖騎士が着る制服のように見えてくる。他の生徒も同じ制服を着ているのだろうが、きっとライアン以上に着こなしている者はいないのだろう。
「近衛騎士の仕事を全うするため、護衛を!前任の方もしていたと思いますし…」
そう言えば、近衛騎士とはこういうものだったか。クレイグは、珍しくアステア様の周りに普通の人間が来ましたね…、なんて失礼なのかどうなのかわからない事を思い、それから「大丈夫ですよ」と答えた。あえて、前任の、という言葉には聞かないふりをして。
「確かに近衛騎士の仕事は主人を守る事ですが、少なくともこの屋敷内で守る必要はありません。それに、ライアン様も立派な近衛騎士になられるための鍛錬が必要な時。屋敷の裏にある森であれば鍛錬に最適ですよ」
「!…では、お言葉に甘えさせていただきます」
近衛騎士の前にライアンは学生だ。確かに近衛騎士団を持たないアステアのところに来てしまった以上ある程度はこなしてもらわねば困るが、それを学生から学ぶ機会を奪う理由にはできない。何より四六時中ずっと一緒など、きっとアステアが耐えられないはずだ。つくづく近衛騎士との相性が悪い皇族である。
心なしか表情が明るくなったライアンが去っていく後ろ姿を確認し、クレイグは一つ息を吐く。なんにせよ、これから仕事を任される事は明白だ。
アステアの悩み具合を見るに、ある程度の面倒は仕方ないだろう。
クレイグはこれから増える仕事の内容を予想しながら、アステアの部屋の扉をノックした。
「教会にいる子供達を見てきてほしい」
アステアから部屋に入る許可が降り、アステアが飲んでいた紅茶が冷めている事に気づいた瞬間、クレイグはそう言われた。
教会にいる子供達とはおそらく、アステアが出会ったと言う魔術式に魔力を注ぐ仕事をしていたという子達だろう。存在は知っていたが、なにぶんアステアが倒れた事で周りが騒がしくなり、顔を確認する事もできてはいなかったが…。
「何か気になることでも…?」
調べるのは良いが、「見てきてほしい」とはなんとも抽象的な言い方だ。クレイグが問えば、アステアは数拍置いた後に「うん」と頷いた。
「私じゃちゃんと判断できないから、クレイグに見てきてほしい」
「………もし、アステア様の予想されている通りの場合は…」
「クレイグの判断に任せるよ。なんの知恵もない私より、魔術師であるクレイグの判断の方が子供達にとっては良いだろうし」
「かしこまりました」
少々厄介な事になるような予感もするが、元から断るなどという選択肢は存在していない。
自己判断に任せるというほどなのだからそこまで重要度も高くないのだろう。ただ、それが子供達に関係しているというだけの話。
一度情が湧いた相手を徹底的に突き放せなくなるのは、アステア自身も気づいていない部分だ。
そうとなれば早速行ってしまおう。
クレイグは別に教会に立ち入っても心身ともに全く問題ないが、アンデッドである分周りの目が面倒だ。行くのは夜という事にして、見る分には寝ている姿でも構わない。
アステアに一礼してから部屋を後にしたクレイグは、また執事としての仕事に戻って行った。
───
「クレイグさん」
夜、アステアも眠るために部屋へ入り、使用人達も息を潜め始めた頃にクレイグは屋敷を後にしようとしていた。それを呼び止めたのは、何を隠そうライアンだ。
「どこに行かれるんですか?」
「アステア様の使いに。数時間で戻ってくる予定です」
「そうですか…」
どこかガッカリとした様子のライアンに、クレイグは「あぁ、なるほど」と呟く。
「アステア様に会いに行かれたいのですね」
「え!?」
昔、エスターもアステアに会いに行って良いのか迷っている時に同じ顔をしていた。ガッカリしたような、仕方なさそうに落ち込んだ顔。
少し可愛い教え子であるエスターと重ねてしまったのは内緒だ。
「アステア様は夜に訪ねてもお怒りになるような方ではありませんからなぁ。あまり気になさらなくてもよろしいかと」
「あ、はい!ありがとうございます!」
なぜ見抜かれたのかと困惑したような顔をするライアンに、本当に素直な子が来たものだとクレイグはクスクスと笑った。
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