第二百二十五話 優しい子は嘘が下手
「改めて、久しぶりだね。みんな」
と言うものの、私が名前を把握しているのはサラちゃんとディウネだけ。私が声をかけても、二人以外の子供達は遠巻きに私とライアンを眺めるばかりだ。
「ご、ごめんなさい…あの子達も悪気があるわけじゃなくて…」
「話した事もない相手を怖がるのは普通の事だし、平気だよ。そんな泣きそうな顔しないで」
やっぱりディウネが泣き虫なのは変わっていないようで、瞳に涙を溜めて見つめられるとちょっとした庇護欲なんてものが湧いてくる。何より闘技場で会った時は顔が汚れていたりしてわかりづらかったけど、サラちゃんやディウネも含めてここにいる子供達は可愛い子ばかりだ。
これは………もしかしてジュード、半分くらい顔で選んでたのか?
そうだったら気持ち悪いにも程があるな…。まぁないでしょうけども。
「あ、あの!」
「ん?」
控えめながらも大きな声で声をかけられ、少し首を傾げながら声のした方へ振り向く。そこには先ほどサラちゃんが火の玉を暴走させてしまった時、サラちゃんの隣にいた子が立っていた。
茶髪の可愛らしい男の子で、くりくりとした目が小動物のようだが、その端正な顔立ちは将来男前になる事を想像させる。なんて言うか、見つめられていると抱きしめたくなってくるタイプの子……このくらいの子って生意気盛りだと思うんだけど、こんなに可愛いものだっけ。
「バイコーンのお兄さんはいないんですか…?」
「!」
「……?」
だが、その口から出てくる言葉はなんと可愛げのない事か。純真無垢な顔をして、今一番聞かれたくない事を聞いてくる。私の後ろで控えているライアンが首を傾げたので、知らないふりをした。
なんでこの子がそんな事を聞いてくるんだ?
「………お兄さんと何かあったの?」
できるだけ動揺を隠すように聞き返すと、男の子は少し困った顔をして、「怒らせちゃったから」と言った。
「僕がユニコーンの格好して、騙そうとしちゃったから。謝りたいんです…」
そう言えばリンクが、子供から幻影魔術の事を聞いたとかなんとか言ってたな。この子がそうなら多分その場にはヨルもいただろうから、知っていてもおかしくはないか。…それにしても、謝りたい、ね。
「…ごめんね」
「…?」
「お兄さん、遠いところに行っちゃったの。いつ戻ってくるかわからなくて」
私は皇族だし、その関係者だったヨルの事も無闇に話すわけにはいかない。なるべく追求されにくくするために抽象的に伝えれば、男の子は「そう、なんですか」と肩を落としてしまった。
怖かっただろう相手に謝りたいなんて肝が座ってるのか、心底優しいのか…。
「ノノ、何か聞くよりも挨拶が先でしょ…?」
咎めるように言ったディウネが、ノノの肩を抱く。
あれ、なんかディウネがお姉ちゃんっぽいぞ?
「あ、ごめんなさい!僕、ノノって言います!」
丁寧に頭を下げて自己紹介をしてくれたノノがなんだか可愛くて、笑みを浮かべながら「よろしくね」と応える。まだ遠巻きに見ている子達も身体的な不調はないようだし、教会で過ごしていれば次期に回復するだろう。
……まぁ、それは一安心という事で。
私はチラッと、先ほどサラちゃんが暴走させた火の玉の焦げ跡に視線をやる。あれはちょっと聞いておかないといけない。
シスターはあまり焦った様子ではなかったけど、術式に触れただけで魔術が使えるのはちょっとばかり危ないのだ。意思を持って触れなければ発動しないはずのそれが、無意識に触れてしまっても発動する。あまり大袈裟にする事ではないような気もするが、思わぬ事故にも発展しかねない事だ。
場合によっては皇城の魔術師に教師をしてもらって、早めに制御の仕方を完璧にさせておいた方が良いだろう。
私が詳しく聞こうと口を開く。…だが、声が発せられる事はなかった。
「本当にすみませんでした」
「ディウネ…?」
ノノやサラちゃん達を庇うように一歩前に出てきたディウネが、あからさまに私の言葉にかぶせてきたのだ。
まるでそれは、聞かないで、とでも言うように。
「さっきの火の玉…皇女様がお見えになられて嬉しくて暴走させちゃっただけだと思うので…」
「それはもう気にしてないって…どうかしたの?」
瞳に涙を溜めているのは同じだけど、さっきとは明らかに纏う雰囲気が変わっている。私、何か怖がらせるような事したか?
「いつもは制御できている魔術をまさか暴走させてしまうとは思わなかったので、ちゃんと謝りたくなったんです」
………優しい子は嘘が下手。なんとなく私の頭の中で思い浮かんだ言葉は、あながち間違ってはいないと思う。
それに何より、なんとなくだけど点と点が繋がってしまったような気がする。
──刻み込まれている術式に適合する魔力を持った特別な子供達──
──サラのは魔術じゃないもん!──
使っていた奴が馬鹿な男だったとは言え、確かにあればカタルシアが誇る武神の遺物だ。神が残した術式に適合する子供が、普通の子供であるはずがない。
「……そう」
優しく頷けば、ディウネは少し表情を明るくさせた。………けど、何に頷いたかなんて、ちゃんと確認しないと誰にもわからない事だよね。
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