第二百二十四話 なんとも騎士らしい精神だ
スパン──
「え」
いや、え、スパ、スパン…?
綺麗に真っ二つにされた火の玉がぼとりと床に落ちる。焦げ跡だけを残して燃え尽きてしまった火の玉は跡形もなく、その場には呆然とする私と、私の前で綺麗な所作のもと剣を鞘に納めるライアン。シスターは状況を理解した後、怒りからなのか恐怖からなのか肩を震わせ始めていた。
「えー…なに今の…」
「あなた達、魔術は大人の目があるところで練習しなさいとあれほど言ったでしょう!!まだ叱られ足りないのかしら!?」
穏やかなシスターからは想像もできないほどの怒声が響く。小学校時代の女の先生が悪ガキに痺れを切らして張り上げるそれとよく似ていて、久々に聞いたその怒声に私は肩をびくつかせていた。
「大丈夫ですか?」
驚く私に気付いてすぐに声をかけてくれたライアンだが、いやいや、今のところアンタに一番驚いてるからな。
だって、さっきの事を説明するとだよ?私に迫ってきた火の玉、このライアン君がこともなげに切っちゃったんだよ?
スパンって、普通火の玉切ってスパンなんて音鳴りませんからね。
「さっきのって…」
「え?あ、もしかして驚かせてしまいましたか?すみません…近衛騎士として、事が起こる前に対処するのが最善だったとはわかっていたんですが…」
「いやいやいやそこじゃないから!なんで火の玉切れるの!?」
「?……そんな事ですか?」
「そんな事なの!?!?」
魔術で作られたものは全てにおいて力が強い。普通の剣で火の玉なんて切ったら溶けるに決まっているだろう。
何かあるとすればライアンの剣だろうが、それ以前に火の玉の前に躍り出て切ってしまう胆力よ。いや、騎士の学生ならあり得なくもないんだろうけども。だけど、私は別に一生を捧げると決めた主人じゃない。そんな人間を命を張る行為にまで出て守る必要ないのに…。
「…ライアン、危険だと判断したら私を突き飛ばすなりしてね?ライアンに怪我があったらデーヴィドに申し訳ないし…」
「それはできません。仮とは言え第二皇女殿下の近衛騎士ですから」
「………」
うん、まぁ、近衛騎士なら剣なくても体張って庇うだろうけど。
「騎士だね…」
「ありがとうございます!」
それが命をかける事でも自分が決めた事には一直線。なんとも騎士らしい精神だ。
この子が皇太子である兄様の近衛騎士になれば確かに安心かもしれない。何かあった時、自分の身よりも優先して主人を守ってくれる事だろう。近衛騎士としてある意味頂点に立っているデーヴィドが気に入る理由がわかった気がした。
「………って、それにしてもすごいな…」
ライアンから視線を外せば、奥ではガミガミと怒鳴りまくるシスターと、犬の耳が生えていれば垂れさせていただろう子供達。
ライアンが火の玉を切った事に驚いてしまっていたけど、それ以上に驚かなければいけない事がある。
「あの、サラちゃんって魔術使えたんですか…?」
未だに子供達に睨みをきかせているシスターに聞くと、一気に笑顔を取り戻したシスターは「制御ができるようになったばかりですが」と答えた。
「制御?魔術に制御が必要なんて初耳ですけど…」
魔術とは学問であり、勉強すれば魔力を持っている人間なら誰でも扱えるものだ。それはすなわち勉強しなければ体得するのは難しいという事。
勉強する過程で制御の仕方も自ずとわかってくるから、魔術の制御が効かないなんてあり得ないはずだ。
「この子達は生まれつき魔力量が多いようで、そのせいで術式に触れると自動的に魔術が発動してしまうようなんです…」
「サラのは魔術じゃないもん!」
「何言ってるの。また魔道具に書かれた術式を経由して遊んでたんでしょう?皇女様に怪我をさせてしまうところだったんだから、ごめんなさいは?」
たぶん当たっていたら顔面火傷で酷いものだったんだろうが、お互いに大事にする意思がないため、それを感じ取ったシスターが優しい口調でなだめる。けど今、サラちゃんなんて言った…?
「魔術じゃない…?」
術式を経由しているなら、それは立派な魔術だ。まだサラちゃんは幼いから区別がついていないだけなのか。気になってどういう事なのか聞こうとすると、割って入ってきたのは「魔術だよ」というディウネの声だった。
「危ないって言ったのに…まずはお姫様に謝らなきゃだよ。サラ」
「っ!う〜…ごめんなさい、お姫様」
きっと私が来る事を知らされていなかったんだろう。それを差し引いても悪い事をしていたようだけど、今回は見逃すほかない。この子達を罵倒したくて来たわけじゃないからな。
「申し訳ございませんでした…。また機会を改める事も可能ですが…」
どうやら私が怖がっていると思ったのかシスターが気を遣って聞いてくる。まぁ多少驚いたけど、そんな足が震えるほどって事でもない。私はにこりと微笑み「大丈夫です」と伝え、シスターには部屋を後にしてもらう事にした。
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