第二百二十三話 火の玉なんですけど
カタルシア帝国の建造物は歴史が古く、なおかつ美しいものが多い。その中でもトップの美しさを誇るのが皇城だが、歴史的な事で言えば「教会」の右に出るものはないだろう。
カタルシア帝国では特に強く信仰している神がいないため国民は無宗教か、各々が信じる神を決めているかのどちらかだ。それは建国した当初から変わりなく、だからこそ何度か建て替えられている皇城よりも、様々な神を祀り、建国した当初に建てられた教会の方が歴史は古い。カタルシア帝国と共に時を刻んできたと言って相違ないのだ。
「会いに行くから準備して」
「会いに…?」
主語のない私に聞き返してくるライアンに、ライアン同様私の側に控えていたクレイグが説明する。
私が教会に行く理由はただ一つ、コロシアムで出会った子供達が預けられているからだ。療養中に会いに行こうとしたがレントさんに外出を許してもらえず、結局今日まで長引いてしまった。
気を遣ったのか母様が教会の方に「そのうち娘が子供達に会いに行く」と伝えてくれていたようで、私の回復を知った教会の方が歓迎の手紙をよこしてくれたのだ。元々行くつもりではあったが、そんな手紙を貰ったら早く行きたくなると言うもの。だが流石にアンデッドのクレイグを連れて行くわけにも行かないので、今回はライアンだけと言う事になったわけだ。
ちなみにエスターとリンクは…。
「……あまり良い思い出がないので遠慮します…」
「最近できなかった分好きなだけ魔道具を作るつもりなので無理です!!」
珍しくエスターの方から断られ、リンクからは予想通りの理由で断られた。
エスターはどうやら路地裏で生活していた頃に少し揉めた事があるらしい。もちろんカタルシアの教会の人間ではなく他国の教会関係者だそうだが、聖職者にあまり良いイメージがないのだそうだ。
「よろしくね」
「全身全霊を尽くさせていただきます」
初仕事とあって張り切っている様子のライアンに微笑み、私は教会から届けられた手紙に目をとめた。
教会が保護してるなら心配はいらないだろうけど、それでもあんなところで仕事をさせられていたのだ。ディウネやサラちゃんはもちろんの事、他の子供達の事も心配し始めてしまえばキリがない。
やっと確認しに行けると言う事で、実は結構わかりやすく私は喜んでいた。
───
「ようこそおいでくださいました」
美しく微笑んだのは、今回私の案内役を任されたと言うシスター。豊穣の神を信仰していると言うだけに穏やかそうな人だった。
爽やかで清い風が通る廊下でシスターに話しかける。
「今回は私の問題で教会に迷惑をかけてしまってすみませんでした。子供達は元気にしていますか?」
「もちろんでございます。まだ身体的に回復していない子もいますが、精神的には安定しています。それに、子供を受け入れる事がなんの迷惑になりましょう」
話してるだけで心が浄化されそう…。
優しいシスターの優しい声色で「皇女様のご回復お喜び申し上げます」なんて言われると、自然と恐縮してしまった。身分関係なく、落ち着いている人と話すと自分もちゃんとしなければ、と思ってしまうのが不思議だ。
「ここが教会…」
ぼそっと呟いたライアンが私の後ろでキョロキョロと視線を彷徨わせる。教会に来た事がないわけではないだろうに、どうしてこうも落ち着きがないのか。いや、可愛いけどもね。
「不思議ですか?」
笑みを崩さずにシスターが聞く。その視線はライアンに向いていて、辺りを見渡していたライアンは正しかった背をさらに伸ばした。
「ここは様々な神を祀っていますから、他の教会と比べると違うところが多いでしょう」
あ、なるほど。私は全くと言って良いほど教会に来ないけど、騎士学校の生徒であるライアンはきっと実戦で経験を積む事もあるだろう。その際には戦いの神やらの教会で祈りをもらっているかもしれない。そう考えると、きっとライアンが知っている教会とは、ここは全く違う場所なんだろう。
この世界ではカタルシアくらいだもんな、全く宗派が違う神様を一つの場所で祀ってる教会なんて。
「さぁ、着きました。ここに子供達がいます」
歩みをピタリととめたシスターが振り返る。私はシスターが言い示した先、子供を抱いた女神が彫られている大きな扉の前に立った。
子供部屋のドアにしては豪勢だな、なんてちょっと不謹慎な事を思いつつ扉が開くのをジッと待つ。
ズズッ──
大きさゆえなのか子供部屋とは思えない音を立てながら開いた扉の先には、思い思いに遊ぶ子供達の姿があった。その姿は可愛らしく、浮かべている笑顔からも安心感が見て取れる。
………なんだけど。
「それ危ないからダメだって言われたでしょ、サラ」
「えー!だってほら!上手くできてるでしょ?」
「うわー!僕もやる!!」
いや、あの、その浮かんでるのってなんですか。
「あ!お姫様だ!」
「サラ!?いきなりコントロールやめたら危ないっ!」
どうやらサラちゃんがおもちゃにしていたらしいモノが、私の方目掛けてやってきたようだ…って、え。
迫ってきたの、火の玉なんですけど。
お読みくださりありがとうございました。




