第二百二十二話 前途多難な気がしてきた
視点なしです。
「仲良くしてね」
ニコッと笑いかけたアステアに、まずエスターが苦々しい顔をした。
まさかヨルが消えてからすぐに半人前とはいえ即席の近衛騎士ができるなんて全くの誤算だ。アステアが喜んでいなければ即刻追い出していた事だろう。
次いでリンクは、ライアンに興味津々と言う風だった。聞くところによるとあの名門イージスナイトカレッジの生徒会長らしい。あの学園の生徒会長は人望と実力を兼ね備えていなければなれないという話は、学生の頃、他校の騎士学校に通っていた時から教師に散々言われていたため、どういう男なのか純粋に気になった。
「指導に関しては手加減なしとアステア様から言われておりますので、そのおつもりで」
「よろしくお願いします。とりあえず、アステア様に認められたのは素晴らしい事なので、認めてはいますからご安心ください」
「騎士学校に在籍してた事もあるし、なんかあったら言ってくれ。俺も新人だけど、できる事なら協力するから」
クレイグはアステアが認めたのであれば受け入れ、エスターも仕方なく肩を落としながらも受け入れる。リンクはどうやら最初から好印象を持っているらしく、なんの問題も起きずにライアンが馴染めそうな事にアステアは心の中でほっと胸を撫で下ろしていた。
「あ!でも必要以上にアステア様には近づかないでくださいね!?」
………少し撤回しよう。最近エスターの好き好きアピールが過剰になってきて、可愛いと同時にどうして良いかわからなくなっているかもしれない。
「?…わかりました」
ライアンの受け入れる素直さは買っているが、アステアは前途多難な気がしてきたのだった。
───
「質問をしてもよろしいでしょうか?」
部屋を案内している時の事。第一皇女近衛騎士団副団長であるマジャは、さっさと済ませて仕事に戻りたい本音を無表情の鉄仮面で隠し、「なんでしょう」と返事をした。
「ライアンを迎えにきた方…この国の皇女殿下ですわよね?なぜライアンが近衛騎士団ではなく皇女の近衛騎士になっているのでしょうか」
女子生徒の中でも実力が群を抜いているという話ではあったが、最初の質問がそれとは…。マジャはピクリと反応してしまった眉間をそのままに、「貴女に関係はありません」と答えた。
そのせいで気を悪くしたのか、強気な女子生徒がもう一人の女子生徒に宥められるほどにマジャを睨み付ける。
「………言っておきますが、ライアンさんが第二皇女殿下の騎士になったのは皇太子殿下のご意志です。異論があるならば、異論を呈して許されるほどの実力を見せてください」
見せられるほどの実力があればの話ですが、と最後に付け足したマジャに、強気な女子生徒が目を釣り上げた。けれど分は弁えているのか声を荒げる事はしない。
その事に小さく感心し、マジャは何事にも無関心そうな表情で案内を再開した。
───
「わ、わぁ…キラキラしてる…」
目をきらめかせながら歩くマシューは、騎士団長の補佐をしていると言う男に「すごいですね…」と話しかけていた。
「皇城に来るのは初めて?」
「あ、はい…。実は僕とライアンは平民出身で…他の三人は貴族なんですけど」
「平民と貴族が並んでいるなんて素敵だね。実力主義の騎士学校ならではってところかな」
「そ、そんな!すごいだなんて事ありませんよ!」
謙遜、と言うより本気でそう思っているのだろう。隣に同じく平民でありながら騎士として実力を認められ、それでも精進し続けるライアンがいるのだから、自分を少しは卑下してしまうのも仕方ないのかもしれない。
だがそれはあまりに悲しい事で、男は「そうかな?」と優しく問いかけた。
「君だって自分の力を信じたからこそここにいるんだろう?すごい事だよ」
穏やかに笑った男にマシューは目を見開いて、それから「えへへ」と子供らしく笑った。そのくらいがちょうど良い、と男は思う。平民出身ならこれから幾度となく辛い困難が待ち受ける事だろう。それを実力で跳ね除けなければいけないのだから、今ぐらいは笑っていて欲しい。
男は、自分と同じく茨の道に片足を踏み入れている子供を見て、優しく笑った。
───
「…一つ聞いて良い……デスカ」
「ガハハハ!お前敬語下手くそだな!」
吊り目の少年の拙い敬語を笑い飛ばしたマーティンは、「なんだ、言ってみろ」と笑いながら聞く。
「……さっき、ライアンを連れて行った奴ってこの国の第二皇女だよな?挨拶しなくて良いの…デスカ」
「敬語が下手なのは構わんが、言葉には気を付けろよ。小僧」
吊り目の少年は貴族ながらに辛い境遇であり、敬語が上手くないのはあらかじめ聞いていた事。なので気にする事もないと思っていたマーティンだが、その質問の内容に答える時には怒気すら孕ませた声を発していた。
「紹介しろと言われなかったお前達には、言葉を交わすだけの資格がなかった。ただそれだけだ」
「……は?んだよソレ…」
苛ついたように呟く少年は何か勘違いしているのだろう。マーティンは仕方ないとばかりに溜息をついた。
「特別が服を着て歩いてるよーなもんなんだよ。あの方達は」
そう言ってまた豪快に笑ったマーティンに、吊り目の少年は不服そうな顔で無視を決め込んだのだった。
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