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第二十二話 あの子は危険です

視点なしの話です。

「どういうおつもりですか!皇帝陛下!!」


声を荒げるエミリーを見て、ディルクは苦笑いを溢しながら「うん?」と聞き返す。


「第二皇女様の事です!私は姫君の行動を看過しすぎだと何度も申し上げているはずですよ!?」


ギシッ、ディルクが腰掛けている赤い椅子が小さく音を鳴らす。ディルクは、フォーレスの声もこのくらい小さくならないかなぁ、と話を右から左へ聞き流しながら思った。


「……お前は本当に口うるさいな…」

「うるさくさせているのは誰ですか!娘君を甘やかすのはよろしいですが、これでは国の体裁というものが!」

「体裁だなんだと、あの子にそんなものが通用しないのはお前だってわかっている事だろう」

「皇帝陛下がお言いになれば聞き入れてくださいます!なのに、なぜ!何も言ってくださらないのですか!」


奴隷の件で相当頭にきているのか、それとも本当にアステアの行動を問題視しているのか、どちらにしてもエミリーの必死な姿は、少なからずディルクに違和感を覚えさせた。


「…フォーレス、お前は世間の事を気にするような人間ではないだろう。あの子にばかり、なぜそうも突っかかる」

「!…そ、それは……」

「答えられないか?確かにあの子は今までに私達を驚かせる行動をいくつもしてきた。だが、それは全てあの子一人で責任が負える範囲の話だ。あの子はちゃんと自分の立場を理解している賢い子だ。お前が注視するほどの事はしていないだろう」


ディルクの言葉を聞いて、エミリーは今までアステアが行ってきた事を思い出す。

最初はアステアが5歳の頃、執事であるクレイグを連れてきた時だった。亜人種とは違い、アンデッドは魔物や魔獣に分類される生き物。そもそも死んでいるのだから、自然と人間はアンデッドを嫌うか避けるかしているのだ。なのに、アステアは堂々とディルクに「執事にしたい」と申し出た。その行為がいかに異常か、ディルクだってわかっているはずだ。しかも、その二年後には出生不明のエスターをメイドにすると言い出す始末。ディルクが二つ返事で許可を出してしまい、エミリーが口を出す前に決まってしまった事とはいえ、暗殺者や密偵の可能性もあったはずだ。もしアステアが殺されでもすれば、国の一大事。それが何も知らない姫一人に背負える責任だと?笑わせるな。

エミリーは深かった眉間の皺をさらに寄せて、ディルクを睨みつけた。


「今回にしても、ダークエルフの奴隷は忌み者だと言うではありませんか…」

「あぁ、そうだな。相変わらずあの子は珍しいものばかり拾ってくる」

「忌み者がどんな存在なのか、皇帝陛下はご存知ないはずがないでしょう!しかも森の守り人であるエルフですよ!?もし、エルフと戦争になりでもしたら…!」

「いい加減にしろ。エルフは滅多な事では外に干渉しない、何より忌み者に近づこうとすらしないとお前は知っているだろう。これ以上は妄言と判断するぞ」


いつもは敵に向けられる視線が、エミリーを見据える。

アステアの事をエミリーが注視しているのは知っていたが、ここまでだと思っていなかったディルクは、早々にこの不快な話を切り上げたくなったのだ。


「いいえ、いいえ陛下。これは言わせていただきます。第二皇女様は危険です。あの方を好きにさせていれば、いずれ後悔する事になりますよ」

「言いたい事はそれだけか?」


エミリーの言葉に耳を傾ける気も失せたのか、ディルクは皇帝のためにと献上された美しく豪奢な椅子から立ち上がる。


「フォーレス、これは忠告だ。私は我が子の事を愛している。これ以上アステアへの当たりが強くなるようなら、私にも考えがあるぞ」


エミリーは自分の横を過ぎ去り、部屋の扉に手をかけるディルクの背中を見つめ、下唇を噛む。そして、ガチャ、とドアノブを回したディルクに、エミリーは小さく呟いた。


「では私は、友人としての忠告です…」


友人の座など、宰相になった瞬間から、ディルクの隣に()()が立った瞬間から捨てていたエミリーにとって、この言葉を口にするのは苦痛でしかない。けれど、それでも。


「アステア様は、私達の知らない何かを知っています。あの子は危険です、ディルク(・・・・)


冷静に、だが、どこか泣いてしまいそうな雰囲気を纏う言葉にディルクは一瞬目を見開くと「そうか」と、どう受け取れば良いのかわからない返事をした。


「お前の言葉はいつも私を救ってくれるからな、覚えておくとしよう」


それが心にもない言葉だと、長年の付き合いがあるからこそわかってしまう。確かに宰相として、皇帝を救ってきた事はいくらでもある。けれど、ディルク個人への忠告を聞き入れてもらえた試しは一度もないのだ。もしあったならば、ディルクの伴侶はエミリーだっただろう。今も、エミリーは昔と同じように呼んでいるのに、ディルクはエミリーの名を呼ぶ事はない。

エミリーが今回も聞き入れてもらえなかったと枯れてしまった涙の代わりに、肩を落とす。

ディルクは話が終わったと判断すると、早々に部屋を出て行ってしまった。


「………きっと、()()の言葉なら、聞くのでしょうね…」


ポツリと呟かれた言葉は、誰もいない部屋に響く事もなく消えていった。

お読みくださりありがとうございました。

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