第二百十七話 だから、なのかもしれないけど
「ねえさ」
「アステア!!!!!!!」
二日目にして一番の力で抱きしめられる。あ、これ同性だからこそ力加減してもらえないやつだ。父様も兄様も加減してくれてたんだな、と自覚する。あと声も一番大きい。
姉様に抱きしめられて死ぬってのも悪くないけど、流石に姉様に殺意がない状態で死ぬのはダメだと思い、どうにか意識を保とうと頑張ってみる。
「ね、ねさま、くるしっ」
「意識はハッキリしてるの?血はもう大丈夫なの?傷はもう塞がったの?」
「それっ、全部にいさ、にも、きか、れ」
「私は知らないの!教えて!」
「だ、だい、ジョブ」
あ、意識遠のきそ…と思った瞬間、「カリアーナ様!そのへんでおやめになってください!」と誰かが叫んだ。
「これ以上締め上げたら第二皇女様が死んでしまいます!!」
「な!?なんて不謹慎な事を!」
「お願いですからいつものカリアーナ様に戻ってください!ね!?」
お願いですから!と言う声はなんと必死な事か。驚いてギュッギュッと抱きしめてくる姉様の腕の隙間から覗くと、そこには姉様をなんとか私から引き剥がそうとしているレイラが足に踏ん張りをきかせて立っていた。
確かにいつも通りの姉様じゃ考えられない力強さではあるね。
「ね、さま、離して…」
「!……アステアが、そう言うなら…」
やっと解放されて息を吐き出す。どうやら家族の中で一番私の事を心配していたのは姉様だったらしく、私が椅子に座るその瞬間まで心配そうな顔でジッと見つめてきた。
なんだろう、ここは天国なのかな。
「その…ちゃんとわかってはいたのだけど、心配で眠れなくて…ごめんなさいね。痛かったでしょう…」
私が椅子に座って落ち着いたからか、姉様もある程度は落ち着いたようだ。私の頬を撫でながら今度は優しく抱きしめてくれる。
さっきは力が強くて気づかなかったけど、私を抱きしめる腕は凄く震えていた。
父様も、兄様も、気づかないふりをしてたけど震えていて、母様だって見た事ないくらいホッとした顔で私に笑いかけていた。カタルシアの頂点に立つ人達が揃いも揃って可愛い反応をするな、と冷静に思う反面、家族の暖かみを再確認できたのはちょっと照れ臭いけど嬉しかった。
でも、それが姉様の目の下に隈を作って良い理由にはならない。
「姉様」
ガシッ、効果音で言えばそんなところか。ボロボロに荒れている少し窶れた頬を両手で挟み、いつもの私ならあり得ないくらいの目で姉様を睨む。
「何日寝てないの?」
「っ…!」
「若いからって女の子が夜更かしするのはダメだよ、姉様」
「だ、だってアステアが…」
「レントさんが治療してくれたのに死ぬわけないでしょ」
「それとこれとは話が別なのよ…!」
私が一番嫌なのは、姉様が辛い目に合う事だ。それは姉様もわかっていて、それでも今回は私を心配して眠る事ができなかったのだろう。いつの間にか姉様の目に溜まっていた涙は姉様の綺麗な紫の瞳を濡らして、耐え切れないとばかりに零れ落ちていく。
その姿があまりに綺麗だから見惚れそうになるけど、レイラの「おっほん」と言うわざとらしい咳払いによって現実に引き戻された。
「…ごめんね、姉様。もう大丈夫だから」
いつかの日姉様にしてもらったように、受け止めるように姉様を抱きしめる。絹を抱くように優しく抱きしめると、姉様は怒られた子供みたいは私の肩に顔を埋めてきた。
あの時とは全く反対だ。リリアと姉様が一緒にいて、姉様に怪我がない事に心底安堵していた私を何も言わず優しく抱きしめてくれたのは間違いなく姉様で。
やっぱり、私は姉様が好きだなぁ…。
生前のお姉ちゃんももちろん大好きですけど、私死んじゃったし…。
ふと、私が死んだ事を引きずってなければ良いと心から思う。今の姉様と同じように泣かれてた場合、私幽霊になって慰めに行かなきゃいけなくなるから。
もう転生して十四年が経つからお姉ちゃんも吹っ切れてるだろうけど、笑ってくれてたら良いなぁ。
「?…アステア?どうかした?」
「ううん。なんでもない」
確認する事は叶わないから祈るしかない。好きな人でもできて結婚してくれてたら良いな、相手審査できなかったのは癪だけど、と思いながら姉様に笑いかけると、「時々大人びた顔をするわよね」と言われた。
「えっ?」
「前は私に怪我がないとわかっただけで泣いていたのに、今は私を抱きしめて、お母様みたいに優しい顔をする。本当に不思議な子」
どうやら姉様も私が泣いてしまった時の事を思い出していたようで、私を抱きしめる力が少し強くなった。
「何かあったら頼りなさい。もう心配するだけは嫌だから」
たぶん、生まれ変わってから怪我をした事はあっても、死にかけた事は初めてだった。いや、本当に死にかけてたかは自分ではわからないけど。姉様達の安心の仕方を見るに、きっと危ない状況だったんだろう。
私は姉様を抱きしめる腕の力を強めて、小さく頷いた。お互いに、安心できるように。暖かくなる心に、涙が出そうになった。
──…だから、なのかもしれないけど。
私はこの時忘れていた。
家族に愛される事なく、たった一人信じた肉親には自分とは違う愛を向けられた物語のヒロインが、どれほど私に執着していたのかを…──。
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