第二百十五話 気持ちに変わりはない
「兄様の騎士団から…ですか?」
理解が追いつかず聞き返してしまうと、兄様は満面の笑みで「あぁ!」と答える。いや、理由教えてくれ…。
「正確に言えばまだ違うんだけどな。毎年、騎士養成学校の方から推薦で皇城に騎士の卵がインターンシップに来る。大体は皇城を警備している近衛兵に混ざるんだが、今年は有望株が多いらしく何人か近衛騎士団の方に入れたいそうなんだ」
なんか軽く言ってるが、それなかなかすごい事だよね…?
騎士の育成に関して力を入れているカタルシアが、毎年騎士の卵の中でもトップクラスの成績を収めた何名かを数ヶ月の間受け入れているのは知っていた。一応皇族なんで、連絡だけは毎年来てるのだ。
だけどその全てが近衛兵に混ざる、というものだった。当然だ。近衛騎士はカタルシア帝国で特別な存在であり、騎士を志す者なら誰しもが憧れる存在なんだから。そう簡単に一緒に訓練なんてできるわけがない。
けど今年は毎年恒例の事を変更するほどに学生が優秀なのか…。
「俺も優秀な奴が増えるのは願ったり叶ったりなんだが…」
そう言って言葉を止めた兄様は、気まずそうに私から目を逸らす。その視線の先にはブレイディがいて、一つ呆れたような溜息を溢したブレイディは「発言をお許し願えますか?」と聞いてきた。
「もちろん。この場では好きに話して結構ですよ」
「ありがとうございます。では、私から説明させていただきますと、少し前に皇太子が拾ってきた若い騎士がなかなかな暴れ馬でして、教育的な面で少し手がかかっているんです」
クレイグでさえ一目置いているブレイディが手こずるなんて相当なんだろう。その表情から窺えるのは疲ればかりで、兄様を見る目が「何してくれやがったんだろうなこのガキは」とでも言いたげだった。………まぁ、兄様に忠誠を誓ってるブレイディに限ってそれはないだろうけども。
「幸いな事に優秀な騎士ばかりなので生徒を受け入れる事自体は問題ないのですが、その中の一人に学園長が推薦した生徒がいるんです」
父様の騎士であるデーヴィドの推薦か…。
………なんか、一人しか思い当たらないのは私の気のせいかな。
「学園長であるデーヴィド殿が推薦した生徒の名前はライアン。平民出身ですがその才能は目を見張るものがあるらしく、ぜひ近衛騎士団にと推薦された生徒です」
やっぱりか!!!さすが私が気に入っただけはあるねライアン君!!!
「今の皇太子近衛騎士団では、不甲斐ない事に新入りと他の生徒を指導するのが良いところでしょう。デーヴィド殿の推薦した優秀な生徒を指導できるまでの余力がありません。できたとしても、この程度なのかと肩を落とされる可能性があります」
「なら、ブレイディ近衛騎士団長が直接指導すれば良いんじゃないですか?」
「ブレイディは俺の側を離れられないから無理だな」
「えっ、そんな四六時中も?」
「それが普通なんだよ」
つまり私とヨルが普通じゃなかったと。最もなご意見です。
でもライアン、推薦されるくらい優秀なのかぁ。当然と言えば当然なのかもしれないけど。生徒会長だったし、デーヴィドに気に入られてるような雰囲気があったし。
「つまり、兄様のところで受け入れられないから同じ皇族である私の近衛騎士としてインターンシップをさせたいという事ですか?」
「あぁ、まだ卵とはいえ学園長のお墨付きだ。大臣達も強くは言えないだろう。どうだ?」
姉様の近衛騎士団は女性だけで構成されてるから自然と除外される。加えて私は国のお偉い様方から迫られる近衛騎士問題を回避しなくちゃいけない。なかなか良いタイミングで来てくれたな!ライアン!
「私、近衛騎士団持ってませんけど大丈夫ですか?」
「もう学園長とは顔を合わせてるだろ?あの学園長がお前を気に入らないわけがないからな。心配はいらないさ。俺のところに来て不完全燃焼で帰るより、アステアの元で奇想天外な経験をした方が身になるだろう」
おいコラ兄よ。……けどまぁ、ライアンの後ろ盾になってあげたい気持ちに変わりはない。一応エスターを育てたクレイグもいるから騎士として教育するという事に関しては大丈夫だろう。デーヴィドと交流がある兄様がこう言うなら、あまり心配しなくても平気っぽいし。
「わかりました。引き受けさせてもらいます」
「そうか!これで山積みの問題が一つ解決したよ」
「山積みって…」
「お前が寝込んでる間にも色々あったんだ。まぁ、二週間も経って解決してない問題はアレだけなんだが…」
額に手を当てて溜息をついた兄様は本当に疲れているらしい。顔から笑顔が消えると途端に目の下の隈が目立った。
それに二週間前と言えば、私が意識を失った日だ。もしかして私が原因だったりするかと思って、「教えてくれませんか?」と聞くと、兄様は重々しく口を開く。
それは、ちょっとばかり私が想像していたものとは違っていた。
すぐに対応できそうなものなのにできていないのは、相応しい人間がいないからだと言う。由緒正しき場所を請け負うにはそれなりの地位がいる。だが地位のある人間はもれなく重役についていて、あそこを片手で管理できる人間がいないらしい。
「それなら、私にください」
そう言うと、兄様は「へ?」と間抜けな声を出した。
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