第二百十四話 予想だにしていなかった提案
「やっと来たか!!!」
扉を開けた瞬間に現れたのは兄様のドアップで、あ、これ抱きつかれるやつだ、と悟った時には遅かった…んだけど。
ガシッ──
「第二皇女殿下は病み上がりですので、抱きつかれるのはやめた方がよろしいかと思います。皇太子」
「それは確かにそうだが主人の首根っこを掴むのはどうかと思うぞ、ブレイディ」
「失礼しました」
そう言いながらも謝る事はせず、ずるずると兄様を引きずって私と距離をとったブレイディは、「このまま離しても大丈夫ですか?」と私に聞いてきた。
「まぁ慣れてるので…」
大丈夫とは言わないが平気だと伝えると、ブレイディがパッと兄様の首根っこを離す。すると私とブレイディの会話を全く聞いていなかったらしい兄様が、今度こそ抱きしめてきた。
「やっと目覚めたか!お前がここに来るまで気が気じゃなかったんだぞ!」
傷はもう良いのか、体調は大丈夫なのか、痛みはないか、次から次に出てくる言葉はどれも質問であるはずなのに、私が答えるまで待ってはくれない。それだけ心配させたって事なんだと自分を納得させ、どうにか「本当に心配したんだからな」と言って抱きしめてくる兄様をソファに座らせるために移動しようとする。このままじゃ父様にされたように、この状態で一時間くらい拘束されそうだ。
だが悲しいかな、非力な十四歳が十八歳の兄に勝てるわけもなく。
抱きしめられ続ける事を覚悟した時、ヒョイっと兄様が持ち上げられ、私と兄様の間に涼しい風が通った。
「!?ブレイディ!何するんだ!」
「ご無礼お許しください。ですが、優しく抱きしめているとはいえ多少なりとも体へ負担がかかってしまうのではないかと思いまして」
私を一瞥してそう言ったブレイディに、兄様が「うっ」と言いながらうろたえる。少し諌めるような声のトーンを聞くに、もしかしてブレイディは私へ助け舟を出してくれたんだろうか。ブレイディの言葉を聞いて少し不満げにしながらも一人掛けのソファに腰を下ろした兄様を見て、心の中で感謝する。
私も向かいの席に座って兄様と向かい合うと、ブレイディはすぐに兄様の後ろに佇んだ。
「改めてご心配おかけしました。もうほぼ回復しているので、数日静かに過ごしていれば平気だそうです」
治療魔術を使った事への副作用が遅れて出る可能性もあるため、できれば数日自分の屋敷で静かに過ごしてほしいとレントさんに言われてしまった。とりあえず回復祝いとして送られてくる品々を仕分けするために時間を費やす事になるだろうが、他の時間は寝て過ごしてしまおう。
休日の有意義な過ごし方の一つだ。
「……精神面的には、大丈夫なのか?」
「?」
兄様の言っている意味がわからず首を傾げると、兄様は「あの程度の傷で二週間も寝込むわけがないだろう」と言った。確かに、傷のせいで熱を出すとかならまだしも、一切目覚めずに眠り続ける事なんてあるのだろうか。
何か知っている様子の兄様をじっと見つめると、兄様は溜息をついた。
「リンクや支配人だったジュードの話を基に予想しただけだが、原因はお前の近衛騎士だったヨルだ。騎士として一流の訓練を受けてきたリンクでさえ息を飲む殺気に当てられた、ってところだろう」
「そう、なんですか」
信じ難い話だけど、魔術まであるこの世界で殺気によって二週間も寝込むなんて事は、もしかしたらあり得る事なのかもしれない。ヨルが特別であったとしても、現に私は二週間寝込んでいたわけだから。
「ま、その騎士もいなくなったわけだが…。アステア、お前これからどうするつもりなんだ?」
「え?」
「近衛騎士がいなかった元の生活に戻るとはいえ、一度作ってしまったものを無しにはできないぞ?陛下やフォーレス侯爵は黙認してくれるかもしれないが、他の大臣達が黙ってないはずだ。特に軍部は我先にと騎士を差し出してくるだろうな」
あっと気づいた時には遅いってこういう事を言うのかもしれない。そうだ、そうだよ、なんで気づかなかったんだろう。
元々近衛騎士を持っていない事を良く思われてはいなかったし、やっと作ったと思えば忌み者だった。あまり会う事がないからどう思われているのか直接的には知らないが、国の中枢を担う大臣達が問題視している事は知っている。
ヨルを騎士にする前は父様も乗り気で、軍部や騎士の養成学校などから良い騎士を見つけ出し、私の近衛騎士に据えてしまおうと考えていた…ような感じがある。
それを踏まえると、どうにも嫌な予感が…。
「それって、避けられませんかね…」
「普通に考えて無理だろう。国を支えている重鎮を相手どるには少し分が悪い」
何か納得させるまでの説得力や秘策があるなら別だが、何もない状態の今、父様も頷いてしまいそうな優秀な騎士を勧められたらひとたまりもない。たぶん皇女のわがままで拒否できるのも一度や二度が限度だろうし…。
どうしようかなぁ、と考えるうちに少し口がとんがって拗ねたような顔になってしまう。そんな私を見かねたのか、兄様はニコッと笑いかけてきた。
「提案なんだが、俺の近衛騎士団から一人、若い騎士を預かってくれないか?」
予想だにしていなかった提案に、私は目を見開いた。
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