第二百十一話 底冷えするほどに
皇后のメイドであるカミラ視点です。
「聞きたい事があります」
カタルシアで最も麗しい姉妹の片割れ、第二皇女様が私の主人であるロゼッタ様を見据えている。ロゼッタ様に似た美しい瞳は緊張を纏って揺れているけれど、その表情は決意の現れのように凛としていた。
「二週間も寝込んでいた子がいきなりどうしたのかしら?」
わざとふざけるようにロゼッタ様が微笑みかけると、第二皇女様の纏う雰囲気が小さく揺らぐ。それから一度目を閉じられて、次に目を開けた時には、ロゼッタ様の若い頃を思わせる瞳をしていた。……と、言っても、ロゼッタ様が若い頃に私は生まれていなかったのだけど。
第二皇女様が皇后宮を訪ねてきたのは、つい三十分前の事。
寝込んだのは第二皇女様だと言うのに挨拶回りなんて体に酷なのではないかとロゼッタ様に尋ねてみたところ、「それ以上に目上の人間に心配や心労をかけた事をお詫びしなければいけないのよ」と答えられた。親として今すぐにでも駆け出して第二皇女様の看病をしてやりたかったはずなのに、そう言うロゼッタ様は皇后という立場を何よりも守られていた。
自分はまだ若くて物わかりが悪いから、という言い訳をもとに不服そうな顔をしたけれど、ロゼッタ様が苦く笑ったのでそれ以上何も言う事はなかった。
第二皇女様は、ロゼッタ様譲りの瞳をキラキラと輝かせながら、「父様に心配されちゃいました」と言った。
「心配したのは私だって同じなんだけど?」
「もちろんわかってます。今回はご心配おかけしてすみませんでした」
力なく笑う顔はロゼッタ様とそっくり。カタルシアの皇族は美形揃いで有名だが、現皇帝陛下と皇后陛下の直系、つまりは皇太子殿下、第一皇女様、第二皇女様のお三方は群を抜いていると思う。もちろん、皇帝陛下と皇后陛下は別格として、だ。
ロゼッタ様を見続けているせいで感覚が麻痺している私でも思うのだから相当であるはずで、皇后と第二皇女であるお二人が会話をされているのにそんな事を考えていた私は、自分の行いを密かに後悔する事となる。
第二皇女様が、一言でこの場の雰囲気を変えてしまわれたのだ。
美しいと評する他にない蝶が戯れていたはずなのに、今ではすっかり黒い微笑のお披露目会だ。ピリつきはしないものの、どちらも引く気配のない応酬に冷や汗が額を伝った。…まぁ、ロゼッタ様に仕込まれたポーカーフェイスで乗り切ってはいるけれど。
「お母様なら知ってますよね?ヨルの事」
「陛下に聞けば良いじゃないの」
「聞けなかったから母様に聞いてるんです。お願いします、答えてください」
どちらかと言えばロゼッタ様が優勢か。優位に立っているロゼッタ様は「ディルクったらズルい手を使ったものね…」と呟いてから、第二皇女様の言葉に答える。
「別に答えても良いけれど、それからどうするつもり?まさか追いかけるとか言い出さないわよね?」
「話を聞いてから決めるつもりです」
「………」
黙り込むロゼッタ様に第二皇女様より私の方が焦れてしまう。嘘をつくなんてくだらない真似はしないだろうけれど、ロゼッタ様は何をするかわからない人だからいやに次の言葉が出るまでの時間が長く感じられてしまった。
「……わかったわ。順を追って話しましょう」
どうやら全ての説明をここで完結させてしまおうと考えたらしいロゼッタ様がそう言うと、第二皇女様が安心したように胸を撫で下ろす。おそらくその理由はロゼッタ様の表情を見ても声色を聞いても、なんの企ても不機嫌な様子も感じられなかったからだ。
「貴女が意識を失った状態で皇城に運び込まれてきた時、二人知らない人間が一緒についてきたの。心当たりは?」
「あります」
「その二人は名前を名乗らず陛下もそれを許していたから不問にされたわ。貴女を気絶させた男は投獄。近々処罰される予定でいるけれど、まぁそれは貴女次第って感じね。これが貴女が気絶した1日目の話」
もっと詳しく説明すると、投獄された男は皇帝がすぐに殺そうとしたのだけど、名を名乗らなかった二人組が間に入って宥めた事によって一応即殺される事は免れたのだ。
「二日目は国民達の対応ね。馬鹿だったけどアレでも支配人だったから、いきなり闘技場が機能しなくなって国民達が騒いだの。事を納めるために公にしたから後で話の裏合わせをしておきなさいね」
「わかりました…あの、子供達って…」
「あの子達は一時的に教会に預けてるわ。時間が空いたら会いに行ってあげると喜ぶかもね」
「!…はい!」
子供達が心配だったのか嬉しそうに返事をした第二皇女様を見て微笑んだロゼッタ様だったが、その表情は少し複雑そうだった。その理由が私にはわかってしまっていて、小さく口を結ぶ。
「三日目の話になるけど…貴女の騎士が陛下に呼び出されたわ」
ピタッと第二皇女様の表情が固まった。笑顔を保ったまま変わらないその表情に一種の不安感に襲われ、それはまさしく正しい勘だったのだと思う。
次の瞬間には、第二皇女様の瞳が底冷えするほどに冷ややかなものになっていた。
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