第二十一話 爆弾落とし魔の父様
「奴隷などではありませんよ」
一言、できる限り落ち着いた声のトーンで告げれば、エミリーの頬がほんの微かにひくついた。
「奴隷ではない?聞いた話によれば、アルバの辺境伯に奴隷紋をつけられていたというではないですか。それが奴隷でなくしてなんだと言うんです?」
「そこまでご存知でしたか」
奴隷でなくして、なんて言葉は、最初から奴隷だとわかっていた人しか言わない。質問した時は上辺だけの言葉を並べてたのね、本当に嫌味な人だわ。
「えぇ。ですが彼は奴隷紋が刻まれているにも関わらず、意に介した様子もなく自由に動き私を助けてくださいました。奴隷紋に負けない精神力と、カタルシアの第二皇女を助けた功績、総合すれば奴隷というのはあまりに無作法というものではないですか?」
「……何を言っているのか理解に苦しみますね。立場は奴隷でしょう。そんな屁理屈とも言えない言い分が通じるとでも思っているんですか!?」
今日初めてエミリーが声を荒げる。
「屁理屈だなんて酷いですね。それに、立場なんて後からなんとでも変えられるじゃないですか」
「!!そ、そんな事は…!」
「ハハハハ!!それは良いな!!」
大声を上げたのは、誰でもない父様だった。
愉快そうに笑う父様の姿を見て、一瞬驚いた素振りを見せたエミリーは、みるみるうちに悔しげな表情を浮かべる。
「皇帝陛下!これはあまりの暴挙だと思いますが?そもそも貴方様は娘君に甘すぎるのではないですか?」
「聞かん!お前は少し頭が固すぎるぞ?それに、私の娘が望んでいるのだ。もし希望を叶えられなければ我が国の名折れだろう」
「っ!」
相変わらずの甘やかしぶり……いや、無茶苦茶な事を言っている自覚はあるんですよ?でも、ヨルの立場を明確にできる手段が、私の小さい頭じゃこれくらいしか思い浮かばなかっただけで…。それを面白いって言っちゃう皇帝ってどうなの。我が父ながら凄いな…。
「その奴隷もどきに好きな立場を与えると良い。その者がヨシとするなら過去を捏造しても構わないぞ」
「相変わらずの太っ腹ぶりですね…父様」
「面白い事が好きなだけだ。何か問題があれば私が後始末くらいしてやるさ」
さっすが父様!兄様もこんな人になってほしいです!!
私が満足げに笑えば、対照的にエミリーは不満げで、けれどそれ以上の言葉は発しなかった。皇帝が良いと言ってしまったから仕方ない事なのかもしれないが、今回は流石に罪悪感が少しばかり残る。………別に自分が悪いとは思ってないけどね。
私がどうにも微妙な心境に溜息を吐きそうになった時、父様は「あっ」と今思い出しましたと言わんばかりの反応をした。
「そういえば、お前が引き取ってきたもう一人の男。あれは貴族だぞ」
「………え?」
なん…えっ、貴族?
「確かフィニーティスの伯爵だったか。長男が家出しているとは聞いていたが、まさかアルバで奴隷扱いされていたとはなぁ…」
待て待て待て、前言撤回。兄様よ、こんな物忘れが激しく爆弾落としまくりの王様にはならないで。
あれ、でもレイラも確か伯爵家だったよね?他国とは言え、面識があってもおかしくないのに。………あ、そう言えばレイラって滅多に社交界に出ないんだっけ。女騎士ってだけで好奇の目にさらされるから嫌だって言ってたな。
「………確認ですが、それはリアンの事でしょうか」
「あぁ、確かそんな名前だった!今は弟が家を継ぐ事になっているらしいが、これは一波乱起きそうだな!」
なんでそんな目をキラキラさせて言うの!!全く面白くないから!!
「…こちらで保護していると報告した方が良さそうですね…」
「そういえば、フィニーティスならカリアーナが今度パーティーに出席する予定らしい。それについていけば良いんじゃないか?」
余計な事を!!
追加情報だぞ!と言いたげな目でこちらを見てくる兄様を軽く睨む。
そもそも、姉様にはちゃんと「フィニーティスには行かないで」って伝えといたはずなんだけど?流石のシスコンでも怒りますよ。いや、たぶん怒れないけど。
「………事情はリアンから直接聞きます。今すぐに確認したいので失礼しても?」
「父上、私も失礼します」
「あぁ、良いぞ。面白い結果を期待している」
くっそ!良い笑顔で言いやがって!
良い父親だが子供の恋愛事に首を突っ込むくらいのお調子者だって忘れてた!!
兄様と一緒に皇帝への礼儀として、一応、本当に一応頭を下げて、ゆっくりとした足取りで部屋を出る。爆弾落とし魔の父様に感謝する事なんてないが、帰ってきて早々問題を見つけられたのは良い事だ。さっさとリアンに事実確認をして、ついでにレイラとも会わせて私は姉様に癒される!
「兄様!私行くので!」
「!?」
「じゃ!」
一国の姫とか今は忘れてしまおう。私は全速力で皇城の廊下を走った。
そして、私を見つけたクレイグに小一時間ほど説教をされるのは………余談って事で良いよね?
お読みくださりありがとうございました。




