第二百九話 こちとら寝起きよ…?
「……うん。傷はほぼ完治しとるし、あとは魔術の反動で起こる痛みを薬で数日やり過ごせば大丈夫じゃろ。レフィ、薬出しとけ」
「は〜い」
少し乱暴な口調でフィーちゃんに指示を出したのは、フィーちゃんの養父であり、カタルシアで最も腕の良い医者。皇帝の主治医様だ。
──レント・ドットーレ──
先代皇帝の時代から主治医を務め、現皇帝である父様が逆らえない数少ない人でもある。
「まさか魔術まで使って治療してたとは…そこまで傷深かったですか…?」
「阿呆。大国の姫が1日眠りこけただけでも大騒ぎじゃっちゅうのにお前さんと来たら二週間ときたんだぞ?大騒ぎどころの話じゃないわい」
「あー…」
普通に想像ができてしまう。魔術で傷を治すとその分体に負荷がかかってしまう事が大半だから、緊急を要さない限り皇族に治療魔術なんて使わない。
相当心配されたみたいだ…そりゃ、二週間も寝込んだら当たり前か…。
「ご迷惑おかけしまして…」
「それが仕事だからなぁ。まさかこの歳にもなって、戦場でもないのに皇族に治療魔術をかける事になるとは思わなんだが」
「うっ…以後気を付けます…」
「気を付けるのはお前さんの従者の方じゃろう。主人に怪我をさせるとは存在する意味がないわ」
そこまで言わなくても…とは思うが、実際の話としてレントさんは若い頃、先代皇帝と一緒に戦場へ赴き、従者として先代皇帝に傷の一つもつけさせずに生還させたという伝説が残ってる人だ。
指示を出す側である皇帝が傷つくなどまずあり得ないし、カタルシアほどの軍事力を誇っていれば敵が潜り込むという事もない。だが、その時の戦が歴史に名を残すほどの激戦で、皇帝自ら戦場を駆けたため、レントさんは医師だけではなく騎士からも尊敬されているのだ。
「クレイグや、もう他のも呼んでいいぞ」
「騒がしくなります」
「若いもんが騒がんでどうするよ。それに主人がやっと起きたんだ。少しは目を瞑ってやる」
「かしこまりました。アステア様もよろしいでしょうか?」
「あぁ、うん…」
診察に集中できるようにって、泣いていたエスターと、私が目覚めたって聞いて慌てて駆けつけてくれたリンクは申し訳ない事に部屋の外だ。私が頷くと、クレイグは二人を部屋に入れるために扉へ向かい、なぜかフィーちゃんがギュッと私を抱きしめた。
「フィーちゃん?」
「ん、心配だったから…。近いうちに顔見せに来ないと許さないからね〜」
父様の主治医として働いているレントさんは、皇族が病に陥った時にしかあまりする事がない。そのせいなのか皇城を自由気ままに出歩いている事も多く、基本的に皇城の人間が怪我をした時に駆け込む治療室にはフィーちゃんが常駐している。
治療室っていうのは、レントさんが皇帝から与えられている部屋の事で、出会った当初のリアンを寝かせていた場所でもある。時々医務室とも言うから、正式な名前は決まってないんだけどね。確かあそこで「側に置いてください!」って言われたんだっけ。
結局リアンじゃなくリンクを側に置く事になったけど……と、そこまで考えてガチャっと扉が開く音がした。
「アステア様!!!!」
「目覚めたんですか!?傷は!?」
必死の形相で我先にと二人が駆け寄ってくる。その時にはすでにフィーちゃんは離れていて、レントさんに指示されて用意していた薬をクレイグへ手渡していた。
「だ、大丈夫だから。ほら、この通りピンピンしてるって!」
両手を広げて元気アピールをしてもエスターは「心配したんです!」と叫び、リンクは「よ、良かったぁ…」といいながら床に座り込んでしまった。
「……ねぇ、クレイグ」
「なんでしょう」
「私って、意外と愛されてる?」
「意外とはご自分でも思っていらっしゃらないのでは?」
あ、バレてる。
「みんな可愛いなぁ。こんなに心配してくれちゃって」
愛されてると実感してしまうとむず痒いけど、それ以上に嬉しいものだ。私のために泣いてくれるエスターと、今だに安心しきって胸を撫で下ろしているリンクをガバッと勢いよく抱きしめる。
「よしよし、心配かけてごめんね〜」
「謝罪が軽いです!アステア様!」
「怪我をしたのにこんな飄々と…本当、兄貴が惚れ込んだ主人なだけはある…」
怒るエスターと呆れるリンク。可愛い二人の頭を撫でてから腕から開放してあげると、二人ともどうやらやっと落ち着いて息をしてくれた。うん、流石に泣かれ続けるのは疲れるからね。こちとら寝起きよ…?
「あ、そういえば…」
わざとらしく言うが、いなきゃいけないはずの奴がいないのには最初から気づいてる。二人が落ち着いたんだから聞いても平気だろう。私が最後の力を振り絞って小石を投げてやった、あの野郎はどこにいるんでしょうね。
「クレイグ、ヨルはどこ?」
聞くと、クレイグは珍しく小さな沈黙をこの場に訪れさせた。いつもと違う様子に首を傾げても一向に答えてくれる気配はせずどうしようかと待っていると、やっと、クレイグが…。
「私情を挟む事お許しください。事これの件につきましては、私の口からはお答えしたくないのです。アステア様」
初めて、だった。
クレイグが、こんな断り方をしたのは。
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