第二百八話 えっ、二週間…?
私が忠誠を嫌うのは、皆様ご存知の通り重たいからだ。
転生する前は物語に出てくる騎士をかっこいいと思わなかったわけではない。忠誠も、自分の決めた道を一直線に突き進む姿は素直に尊敬できていた。
けど転生して、本物の騎士を目の当たりにしてその考えは一変する。主人の命令が唯一絶対であり、主人のためならどんな危険も厭わない。そんなの、普通じゃない。特にカタルシアの騎士は忠誠心が高く、兄様の騎士団長であるブレイディや、姉様の騎士団長であるレイラは群を抜いていると思う。それはきっと父様の騎士団長であるデーヴィドだって同じはずだ。
それが私には、何より重たく、怖かった。
その忠誠心が、ではなく、それが私へ向けられる事が怖かったのだ。そんなものを背負って生きていけるほど、大切なものを零さず包み込める掌を持っていない。なんの見返りもあげられない。
でも、そんな私にも騎士ができた。忠誠心なんて持ち合わせてなくて、わかっている事といえば賭けが好きって事と、クレイグが認めるほどの強さを持っていると言う事だけ。ちなみに美形。
あの夜を思わせる風貌に一目惚れしたと言っても過言ではない。
だから、ヨルは理想的なんだ。
理想的な、私の──…。
パチッ──
目を覚ますと視界の先は見慣れた天井だった。すっきりと爽快な意識とは裏腹に、どういう状況なのか把握するために思い出される記憶は憎々しいものばかり。あのジュードという男をヨルとクレイグにタッグ組ませて木っ端微塵にでもしてやろうと決めた。
そうと決まれば眠っていた間に何があったのか、今ジュードがどうしているのかを確認するため、ゆっくりと起き上がる。長い間寝ていたのか起き上がっただけでくらりと目眩がして、どれほど眠っていたんだろうと自分に呆れてしまった。
頭の痛みがない事から察するに、手当ては完了してるはずだ。痛み止めでも塗ったのか…どうにしろ、ここは私の部屋で、きっとクレイグが怪我の事を報告しているはずだから父様にも知られている。
まっずい事になったなぁ…。
下手をすると私が何かする前にジュードが処刑されてる場合もあり得る。兄様と姉様の様子も気になるし…はー、変な問題起きてないと良いけど…。
ガチャッ──
静かな部屋に響くドアノブを回す音に落としていた肩が上がる。少し心臓が跳ねるくらい驚いて、ノックもなしに入って来た馬鹿は誰だ、と思って扉の方を睨む。すると、そこには私を見つめて何も言わないエスターが立っていた。
「あ…すて、あ…様…?」
明らかに普通ではない反応に、ん…?と冷や汗が流れる。あれ、もしかして、私…。
「あ、アステアさまぁぁあ!!!」
まるで小さい子供みたいにボロボロと号泣したエスターが一直線に私の元へ駆け寄ってくる。その勢いのまま抱きつかれ、私は思わず「お、おぉ…」と声に出して驚きながら、どうにか落ち着かせようとエスターの背中をポンポンと叩いた。
「ひっ、うぇ…あ、アステア、様ぁ…!生きてるよぉ…!」
「え、あ、うん、まぁ生きてますけど…」
嗚咽がすごいエスターが、赤子さながらにビービーと泣く。今までこんな姿を見た事があっただろうか……いや、ない。いつも健気で、出会った頃はクレイグに反抗したりと色々ヤンチャではあったけど、こんなにも泣く姿なんて見た事はなかったはずだ。
やっぱり私、相当長い間寝ちゃってたのか…。
エスターが大袈裟って場合もあり得るけど、これはちょっと異常だ。ヨシヨシとエスターの頭を撫でてあげる。可愛い子泣かせるのは趣味じゃないからね。
「エスター、ごめんね。大丈夫?」
「っ、はい…!信じて、たので!絶対、目覚めるって…ッ」
そう言うエスターだけど、私とかち合った瞳は酷く揺れていて、あぁ、不安だったんだな、とわかる。謝る気持ちも含めてもう一度撫でると、エスターの涙腺はやっぱり決壊してしまった。
「そんなに泣かないでよ〜」
「そうおっしゃるなら二週間も寝息を立てないでいただきたいですね」
「ッ!?」
いきなりかけられた声に、今度は心臓が思いっきり跳ね上がる。余韻としてまだバクバクと煩く鳴っている胸を手で押さえて扉の方を見ると、クレイグがいつもの笑みで立っていた。
って、えっ、二週間…?
「二週間ぶりのお目覚めお喜び申し上げます、アステア様。ご気分はいかがでしょうか?」
至って普通に接してくるクレイグだけど、私に近づいてくる度に笑みが深まっていってる。
「クレイグ、もしかして心配した…?」
クレイグに主人として認められてるなんてわかってる。けど、あのクレイグが、こんなにもわかりやすく喜ぶなんて、と驚いてしまったのだ。クレイグはすぐに「もちろんです」と答えてくれて、その言葉は少し震えていた。
「すぐにレント様をお呼びいたしますので、少々お待ちください」
けど、その笑顔は健在のようで、その顔には「大人しく待っていてください」とデカデカと記されていた。
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