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第二百六話 主は、何も言っていないのだから

視点なしです。

今、目の前で何が起きているのかジュードの頭では理解しきれていなかった。それもそのはずだ。会場で戦っていると思っていた騎士は目の前におり、なぜか自分を殺そうとして、しかもそれを騎士の仲間であるはずの男が阻んでいる。

確かリンクと言った名前の男は、苦渋の表情を浮かべながら自分に「死ぬより辛い目に遭わせる」と叫んだ。


「な、何なんだよ一体!!」


騎士や男がここにいるという事は、あの幻影魔術が見破られていたという事だ。効力を高めるために子供を一人置いたのにそれすら効かなかったというのか。

ぐるぐると頭の中を巡るのは、ここからどう生き残るかよりも、なぜ失敗したかという事だけ。それはある種、目の前の現実から逃れるための現実逃避だった。


「お前邪魔なんだよ!!」


ゲシっと踏みつけにされ、意識を無理やり戻される。ジュードは自分を踏んだのがリンクだと理解すると、「何するんだ!」と叫んだ。


「俺は武神に選ばれた人間だぞ!?そんな俺を踏みつけにするなんてッ!」

「はぁ!?この状況で何言ってんだよ殺すぞ!」


兄への憎悪が爆発し、アステアとの初対面で暴言を吐き散らした一面がひょっこりと顔を出している。なかなかに口が悪くなってしまったリンクに、ジュードは言葉を失い、次の瞬間には怒りと共に冷静さを取り戻していた。

この男の事は殺したいが、それ以上にエルフの騎士をどうにかしなければいけない。自分には武神から授かった幻影魔術がある。それには絶対の自信があり、効力をさらに強めればエルフの騎士でも惑わされるだろう。

なら、効力を上げるためには何が必要か。それは簡単。


血だ。


戦いを好む武神を喜ばせるような事をすれば、武神がこの世に残した幻影魔術は効力を強めるだろう。ならば、早く血を集めなければ。天にも届くほどの血がなければいけない。けど、どこにそんな量の血がある?会場の観客を殺すにしても時間がかかる。


であれば、天に届くほどの尊い血ならどうだ。


ジュードは近くの瓦礫から鋭利なものを選び、強く握りしめる。そうして手のひらから出てきた血も武神を喜ばせるのであれば万々歳だ。グッと足に入れると腰を抜かしているようで足元がふらついたが、それでも立つ事ができた。


走り抜く先は、この国で最も尊いとされている血。


心底気に食わないが尊い血と思い浮かべると、この場にはあの皇女しかいない。ジュードは鋭利な瓦礫を腹に据え、狙いを定めてから強く走り出した。


「死ねぇ!!!」

「ッ!」


ジュードが叫んだ事によってその行動に気づいたリンクが、跳ね除けたヨルから視線を外す。すると次の瞬間には、ヨルが持っていたはずの剣は横を通り過ぎており、反射的にそれを叩き落としていた。


あ、そういう事かっ…!


叩き落とした後で察してしまう。この剣はジュードを止めるために放たれたものだ。後ろを振り向くまでもなく、剣の代わりとばかりにリンクは走り出した。

武神の幻影魔術を持ってして闘技場を治めるジュードと、幼少期から群を抜く才能を持って生まれた兄と並んで鍛えられてきたリンク。たった数メートルの距離とはいえ、すぐにその差は縮まった。


ググッ──


「───っ…!!」


けれど、ジュードが持つ瓦礫を己の懐刀で弾くまでの時間はなく、リンクは自身の腹にのめり込む瓦礫を目視するしかできなかった。

リンクとジュードの動きが揃って止まり、また動き出したのは、名ばかり剣を振り上げる者。


「ひっ!」


ジュードが情けないばかりの声を出した頃にはヨルはすでに叩き落とされた剣を拾い上げており、また天高く振り上げていた。


ヒュンッ──


風の音しか聞こえない一瞬。一拍遅れでリンクの耳に舞い込んだのは、ガラスが盛大に割れる音だった。


「!?」


何が起きたのかと確認するより先に、目の前から消えたヨルとジュードの姿を探す。かすかに登ってくる砂埃の元を辿れば、幻影魔術と混ざりながらも確かに見えるヨルとジュードが、闘技場のステージ上にいた。


「こっからあそこまでって…マジか……ぃッ」


唖然と言葉を溢せば、驚きのあまり一瞬飛んでいた痛みのせいで表情が歪む。あたりを見渡せば部屋の床にはガラスの破片が飛び散っており、手をつけば小さな傷が無数にできてしまった。

ここからステージ上までジュードを飛ばしたとなると死んでいる可能性があるが、ヨルがそんなヘマをするとは思えない。リンクは部屋から顔を覗かせ、ヨルとジュードの姿を再度確認した。

すると目に飛び込んでくるのは、幻影魔術のせいで乱入した二人に気づかず盛り上がり続ける観客と、ジュードを今にも殺そうとしているヨルの姿だった。


「ヨルさん!待って!ダメだ!!」


腹に刺さった瓦礫の事など忘れる勢いでリンクが声を張り上げる。どういう状況なのかいまだに理解が追いついていない部分はあるが、それだけはダメだとわかっているのだ。

自分の後ろで気を失っている自分達の主は、何も言っていないのだから。


「アステア様はそいつを殺せなんて言ってない!!」


だがリンクの言葉は、ただ一瞬ヨルの動きを止める事しかできなかった。

お読みくださりありがとうございました。

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