第二百四話 皇帝に刃向かうなんて夢物語
後半ジュード寄りの視点なしです。
「で、結局何がしたいわけ?」
一番肝心な事から話題が遠のいてしまっている事に気づき、ジュードに聞く。ガラスに叩きつけられた頭が痛いが、すでに血が出てるんだからそのうち気を失う事ができるだろう。
「はぁ…ここまで話してわからないってお前は馬鹿なのか?やっぱりガキだな」
馬鹿はそっちだろうが、という本音は飲み込んで。
ジュードの言葉を待っていれば、野心丸出しの表情で微笑まれた。
「この闘技場を俺の物にする」
一瞬頭に疑問符が浮かぶ。けれどすぐに「支配人じゃ飽き足らないのか」と合点がいった。
こいつ今、確実に死罪判決食らう事言いやがったぞ。
支配人とは、主人に代わって一切の事を取り仕切る人間の事を言う。そして今のジュードの立場からしてみれば主人は父様、つまり皇帝という事になる。
そしてジュードが口にした言葉の意味を汲み取りわかりやすく訳してやるとこうなるのだ。
──俺はフェアリー・コロシアムを皇帝から奪って自分のものにする!──
ここで重要なのが「皇帝から奪う」という点である。すでに私に手を出してしまっているから引く事のできない状況なのだが、こいつ馬鹿だなとしか感想が出て来なくなってきた…。
だって、そうだろう。カタルシアは最大級の軍事国家であり、何度も言っているかもしれないが皇帝を絶対的な頂点としている。カタルシアで最も尊き存在である皇帝から何かを奪うなんて、皇族であっても幽閉は免れないだろう。それがたかが支配人を任されている若造なら、十中八九死罪。
私に怪我をさせている時点で、少なからずあるのかも知れない皇帝の慈悲だって無くなったに等しいはずだ。
はっきり言おう、こいつ馬鹿だ。
けれど、私の呆れ具合なんて知る由もないジュードは満面の笑みで話し始めた。
「当然だろ?だって、この場所を作り出したのは武神だ!そして俺は武神に選ばれた!ならここは俺の場所も同然だ!なのに皇帝如きが俺のものを所有しやがって、糞食らえ!!」
うん、うん、確かに皇帝は人間で、武神は神様だからね、うん。武神の方が偉いって考え方は間違ってはいないと思うよ。
でも、それがなんだ。選ばれたからと言ってジュードは姓を持っていない。それはすなわち貴族ではないという事である。そして貧富の差が少ないカタルシアだが、確実な格差社会というものは存在しているのだ。
まぁつまり何が言いたいかというと、由緒正しき血統でも、実力で爵位を勝ち取ったわけでもない男が、皇帝に歯向かうなんて夢物語を語るなって事。
その年で支配人まで上り詰めた事だけは称賛できるけど、国の長を相手にするには馬鹿すぎたんだ。
「っ…」
あー…ダメだ。そろそろ本気で頭が回らなくなってきた。
目蓋が重くて、全身から血の気が引く感覚は気持ち悪い。それ以外に言いようがないくらい、頭が回らない…。
「ん?あぁ、気絶か。まぁ、人質なら生きていれば良いからな…」
ジュードの声が遠くに聞こえる。意識を手放す瞬間を面白いくらいに認識できて、私はいよいよ、本気で血の気が引く感覚に飲み込まれてしまった。
───
ジュードは、グリッと皇族の証とも言える白雪の髪を薄汚れた靴で踏みつけた。
やっと、やっとだ、やっとこの時が来た。
長くも短くもなく、ただ苛立ちと恨みだけが募っていた今日この日まで我慢してきた甲斐があったのだ。
ジュードは数日前にいきなり舞い込んできた吉報を思い出す。まさか、皇族自らノコノコと現れてくれるとは思ってもいなかった。しかも、偽善者の皮を被って民を味方につけている第一皇女でも、次期皇帝として貴族から圧倒的な支持を得ている皇太子でもなく、なんの力も持たない第二皇女。こんなに神が自分の味方をしてくれるなんて思ってもいなかった、とジュードはほくそ笑む。
第二皇女の騎士が忌み者なのには驚いたが、それでも変わりはない。
大方、優秀な騎士を第二皇女へ当てがうのが惜しかったとかそんな理由だろう。そうでなければエルフの忌み者なんて、死骸でしかお目にかかる事ができないはずだ。いや、死骸ですら珍しい。
それにエルフが見破れないのなら、武神から授かった術式は皇帝お抱えの魔術師でも破る事は叶わないはず。あぁ、なんて愉快な事か。
ジュードはクスクスと笑い、もう一度第二皇女の髪を強い力で踏みつけた。その表情は愉悦に満ちていて、瞳はこれからの希望を期待し光り輝いていた。
けれど、彼は気付いているのだろうか。
血の匂いを追い気配を探って、こちらに迫り来る忌み嫌われた存在に。
きっと、気付いてはいないのだろう。足元にも及ばない実力差がゆえに、気付く事すら許されないのだ。
「やぁっと見つけたぜ。隠すのだけは一丁前な腕しやがってクソガキがァ」
その言葉は決してジュードには届かなかった。けれど、その言葉の主は否が応にもジュードに存在を知らせてくる。
スッ──
荒い岩の壁を切ったとは思えないほど洗練された美しい音。それが響く間も無く、ジュードの後ろには瓦礫の山ができていた。
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