第二百二話 この子達を悲しませないためにも
ラニット視点です。
子供達の事を知ったのは偶然だった。
軍資金が尽きてしまい、まさか一緒に踊る事になるとは思わなかったが、ブレア様と一日で数日宿に泊まれるだけの金額は稼ぐ事ができた。なんでも観客が予想以上に盛り上がったための追加報酬だそうだ。
気前が良いのはカタルシアが誇るコロシアムの支配人だからか、それとも元々の気質故か。
どちらにしても有難い事には変わりなく、ブレア様と踊り子の衣装を着替えようと用意された小部屋へと移動する。もちろん、仮面を外す事はしない。
「こんなにお金がもらえるならずっとここにいても良いかもしれないね」
「冗談はやめてください。ここは本来、血を流して戦う場所なんですから」
「わかってるよ」
冗談めかしていても、どこか捉えられないから強い口調になってしまう。クスクスと笑うブレア様に苦い顔をしつつ、まだそうやって簡単に答えてくれる事にホッとした。
けれど、胸を撫で下ろしたのも束の間。
ピタリッ──
ブレア様の足が止まったのだ。
「ブレア様?」
「……ラニット、ここに子供はいないはずだよね」
「!」
ブレア様と出会ってから、ブレア様が怒ったところを見たのなんて片手で数えられるほどだ。その半分以上を占めているのも、自分の不甲斐なさや無力さに対してだった。けれど、なんという事か。ブレア様の言葉には確かな怒気が混ざっていた。
数年に一度見れるか見られないかというほどに稀な事を目の前に、私は動揺しながらも「いないはずですが…」と答える。するとブレア様は一直線に何もない壁へと向かっていった。
「人を娯楽に使うのもほどほどにしてくれ…」
珍しいと言う他ない苦い表情で壁に手を添え、トンッとブレア様が壁を押す。
ずずっ──
ブレア様がため息をつくのが早かったか、小さく砂埃が舞うのが早かったか、おそらくほぼ同時だ。
壁だと思われていた扉が開く。思わず息を飲んで「これはっ」と声にすれば、ブレア様は「行こうか」と何事もないような顔で私の手を引いた。
そうして目にしたのは、自分よりも幾分か年下の子供達が、窶れた顔で働いている姿だった。
───
子供達を見つけたその瞬間から、私とブレア様のする事は決まっていた。無論、子供達の様子を観察し、隙あれば助ける事だ。幸いな事に私達の踊りは支配人だと言うジュードという男に気に入られていたので、継続して踊り子をする事に難色は示されなかった。
「どうしますか、ブレア様」
そう問えば、ブレア様は黙り込んでしまう。
………カレッジで偶然出会ってしまった皇族と、また再会するとは思わなかった。
タイミングを逃してしまってブレア様に報告していなかったから、皇女様の方が何も言わなかった事は幸いだったけど…。
「あ、あの…」
「?…どうしたの?」
おずおずと話しかけてきたのは子供達の姉的存在であるディウネだった。気弱で泣き虫だけれど、子供達からの信頼は厚い。
「あの人、どうなるんでしょうか…」
瞳に涙を溜めている姿が痛々しくて大丈夫だと慰めたいが、保証ができないのに何か言うのは無責任だと思った。そのせいで何も答えられずにいると、ディウネの後ろから顔を出したのは、可愛らしい顔立ちをしたサラだ。
「お姉ちゃんの事助けて!このままじゃ痛い事されちゃう!」
ディウネとは反対に強気なサラが抱きついてくる。
この子がこんなに必死になるなんて…。
「…あのお姉ちゃんに傷ついてほしくない?」
黙り込んでいたはずのブレア様がサラを覗き込む。サラはブレア様の問いに間髪入れず力強く頷いた。
……なぜ、なのだろうか。
サラやディウネだけにかかわらず、ここにいる子供達は純粋だけれど、どこか冷たいところがある。それは物心ついた時からここにいたからか、あるいはここで心をボロボロにされてしまったからか。どちらにしても、時折見せる瞳の奥の暗闇は背筋を凍らせる何かがあった。
そんな彼女達が、なぜ、あの皇女様の事を助けようとするのか。
確かに穏やかに笑う姿は全てを慈しむかのように美しかった。この世に天使と呼ばれる者がいるなら彼女のような姿をしているのだろうと思うほど、何よりも美しいと思った。
「……助けようか、ラニット」
「!ブレア様…ッ!」
「仕方ないでしょ?助けてって言われちゃったんだから。それに、きっと彼女は僕達に必要な人だから」
「…?それはどう言う…」
首を傾げると、ブレア様はにこやかに笑う。いつも見せてくれる、私を安心させる笑みだ。
「サラ、ディウネ、大丈夫。僕がなんとかするから、みんなはまた殴られる事がないようにしっかり仕事をするんだよ」
ディウネ達を助けられる目処は今のところまだない。様子を見ている段階で子供達に希望を持たせる事など出来はしないから、ブレア様が悔しさを押し殺してサラの頭を撫でた。
珍しくサラが不安げに頷き、ディウネがサラを抱きしめる。私とブレア様はお互いに、この子達を悲しませないためにも、と頷き合った。
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