第二百一話 平気だよ
「ッ〜〜〜!!離れてください!!」
私とブレアの間に入ってラニットが叫ぶ。真っ赤になった顔が可愛くて、さっきの警戒から来る睨みとは全く別の意味らしい睨みを効かせられた。いや、目が潤んでて何も怖くはないんだけど。
「か、可愛い!!」
「!?」
そうだよねぇ、好きな人に知らない女が近づいてたら嫌だよねぇ!あー!嫉妬する女の子可愛い!
「ラニット、皇女殿下にからかわれてるだけだから大丈夫だよ」
「か、からっ!?」
信じられない!とでも言いたげな顔をするラニットに微笑んで返す。すると私が何をしたかったのかを察したラニットは、また顔を真っ赤にさせて私を睨みつけてきた。ブレアとリリアが結婚するまで恋心を自覚していないはずなんだけど、体は正直って事なのだろう。
あまりに可愛い反応に満足して、私は微笑をそのままに「あ、でも」と今思い出したかのようにわざとらしく声をあげた。
「この子達の事を教えてほしいのは、揶揄いの口実なんかじゃないよ?」
ラニット越しにブレアに言う。ブレアは仕方なさそうな顔をして、「もちろん、答えるよ」と言葉を返してきた。
「単刀直入に言うと、このコロシアムで戦っている剣闘士は一人もいない」
場所を変える事もなく、さも当たり前の事を言うような顔をして言い放ったブレアを見て、あぁやっぱりそうなのか、と頷いた。
私が感じた、違和感を感じない事への違和感。
それは、人に不快感を与えないように操作された物を見させられていたからなんだ。そりゃ、ヨルが気持ち悪いって言うはずだ。ヨルはあまりお目にかかる事のできないエルフの中でも、特に戦闘に特化している方だから。戦いに関して、ヨルの目を欺く事なんてクレイグでも至難の技だろう。
「全部ここの子供達…“フェアリー”の魔力によって作動する魔術で見させられている幻影なんだ」
「その、フェアリーってなんなの?」
さっきもディウネが言っていた。話を聞く限りここの子供達って事はわかるけど、悪趣味な呼び方だ。
「……刻み込まれている術式に適合する魔力を持った特別な子供達、という事をわかりやすく言っているんだと思います」
苦々しく呟いたラニットは顔を俯け、ブレアが慰めるようにその背に手を当てる。
話をまとめると、ディウネ達がしている仕事というのは、刻み込まれた術式へ魔力を流し込む事であり、その術式には適合する魔力とそうでない魔力が存在している…って事で、ディウネ達は適合するがゆえにここに閉じ込められ、フェアリーなんて悪趣味な呼ばれ方をしている…と。
「虫唾が走るなぁ、それは」
カタルシアでは奴隷商が禁じられていない。奴隷に落ちる事で貧困や災害から救われる例もないわけではないからだ。だからこそ、奴隷を買う人間のところには不定期で皇城から直々に使者が訪れたり、奴隷法が厳しく取り締まられている。
これは、どう考えたって奴隷法に違反している行為だ。
何より、皇帝や皇族になんの報告もなくカタルシアが誇る闘技場で偽り事をしているなんて、舐め腐るのもいい加減にしておけという話。
皇城から訪れる使者がこの状況を見過ごすはずもないし、申請もしていないんだろう。よくもまぁ今日この日まで隠し通せていたものだ。
「……教えてくれてありがとう、次期教皇様」
「お役に立てたなら幸いだよ」
なんでここにブレア達がいるのか問い詰めたいところだけど、この子達の対処の方を優先させないといけない事態になってきた。
「幸いついでに、ここから出る方法も教えてくれる?」
「あぁ、それは…」
ガチャ──
悪すぎるタイミングで部屋に響いたドアノブが回る音。ブレアとラニットはそれに気づくと私の質問なんてなかった事のように逃げて行ってしまった。
騎士であるラニットの運動神経はわかるけど、ブレアのその俊敏さは一体どこから…?
口調だけは穏やかな食えない男に半ば呆れつつ、私は音のした方へ視線を向ける。
案の定、そこに立っていたのは私が今一番ムカつきを覚えている相手だった。
「お目覚めになられていたんですね、姫君」
わざとらしく「よかったです」なんて言う姿に吐き気がする。私の中でジュードはすでに嫌悪する対象だ。
「最悪の目覚めでしたよ」
「それはそれは……ガキには似合いの場所だと思ったんだが、贅沢を知ったガキには汚すぎたか」
一気に低くなった柄の悪い声が響く。その声が聞こえた瞬間、子供達が怯えるのがわかった。
「本性は随分と浅ましいね」
「大人への口の利き方がなってないんじゃないか?」
気味の悪い笑みを貼り付けていた時とは比べ物にならないほどの冷たい目。その目が憎々しげにこちらを捉える。
逃げ場もないここで距離を詰められてしまえばどうする事もできず、私は力加減を知らないジュードに腕を掴まれた。
「お姉ちゃん!」
サラちゃんの焦る声が聞こえて振り返る。するとサラちゃんだけじゃなく、ディウネまで泣きそうになってるから思わず笑ってしまった。会ったばかりの私を心配してくれるなんて、本当に優しい子達みたいだ。
大丈夫、そんな不安そうな顔しないで平気だよ。
安心させるようにサラちゃん達に笑いかけると、それが気に入らなかったのか、ジュードに気を失うほど強く頭を殴られた。
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