第二百話 ちょっとばかりの意地悪
「カタルシア帝国の皇女殿下とお見受けしますが間違いないでしょうか」
誰もこの状況を理解し切れていない中、ぽんっと言葉を発したのは何を隠そうブレアだった。隣のラニットは目を見開いて驚くが、次の瞬間にはブレアに倣って頭を下げる。
誤魔化せないからというより、対応に困った私を見かねて助け舟を出してくれたって方が正しいかな…。
なら、感謝の意も込めて相手に恥をかかせるわけにはいかない。
「お察しの通りでございます。そちらはサディアス教国の次期教皇候補様とお見受けしますが…お互い、奇なところでお会いしましたね」
私がここにいるのがそうである様に、サディアス教国の中でも一際重鎮達の注目を集めているブレアとラニットがここにいるのもあり得ない話だ。シャーチクの調査をしているという事を考えても、血生臭い闘技場なんて縁のない二人だろうに…。
「知っていただけていたとは光栄です。……それで、皇女殿下はなぜこの様なところに?」
「え?……あー…」
観察する様に私を見つめるブレアの視線は、私が着ているドレスへ向かっている。
こんなところでドレスも汚して一国の姫が何をしているんだ?ってその綺麗な顔に書いているけど、ごもっともすぎて反論もできやしない。…けど、それはこっちにだって言える事だ。
「…提案なのですが次期教皇候補様、ここで何かあっても他言無用に致しませんか?お互いそちらの方がよろしいかと思うのですが」
頂点である皇帝と国を支える宰相が気に入った魔道具を調べているとなれば、カタルシアが感じるサディア教国への不信感は計り知れない。どの国だって軍事国家とは対立したくはないはずだ。
私の提案にブレアは一瞬考え込むが、すぐに「分かりました」と返事をした。
「ブレア様!?」
ラニットが驚きの声を上げる。こんなところにいる皇女と口約束とはいえ、約束事を交わすなど確かに危険な行為だ。ラニットの反応は至極まともなのだが、ブレアは拗ねた様に口を尖らせる。
「驚くのは良いけど、怒らないでよ?」
「怒るとかそういう次元の話じゃありません!何をしているかもわからない相手とそんな軽率に!」
「悪さしてたら後で報告すれば良いだけの話でしょ?口約束なんだから」
「っ〜!!」
どうやらブレアの勝利で事が収まりそうだ。二人の会話にクスッと笑みを溢してしまえば、ブレアが「見苦しかったですか?」と聞いてくる。
「いえ、ただ微笑ましくて…。それに、神に祈りを捧げる人間が堂々と嘘をつく姿も見れましたからね」
「!」
「嘘なんて言っていません。単に後でする事を変えるかもしれないというだけの話です」
「!?」
「自分が思っていなければ嘘にはならないと?それは酷く自由な考えですね」
「!!」
「正直なところを言えば、皇女殿下が何かをしているとは思えなかっただけなのですが」
「!」
「あら嬉しい。お世辞として受け取っておきますね」
「!!」
私とブレアを交互に見やるラニットの可愛き事よ。そんな分かりやすいと心配になるけど、可愛いからそのままでいてほしいもんだね。
「……というか、他言無用なら堅っ苦しい事言ってる意味ないか…」
私が伸ばしていた背筋を若干丸めて言うと、ブレアは少し驚いた後に「全く同意見だよ」と言葉を返した。そのやりとりにまた目を見開くラニットは本当に純粋で可愛い。
「それに、このまま続けてると子供達を怖がらせちゃうだろうからね」
それはいただけない。ブレアとラニットに注がれていた意識を子供達に向けると、目があったディウネにはあからさまに逸らされてしまった。うーん、いきなりの展開すぎて困惑させちゃったか。
「ごめんね、大丈夫だから。パン食べよう」
安心を与えようとブレアがにこやかに袋に入ったパンを掲げる。中には菓子パンも入っており、子供達の目が一瞬にして輝いた。
子供達に「ブレアお兄ちゃん」「ラニットお姉ちゃん」と慕われているところを見ると、もうすでに子供達には馴染んでいるらしい。
「仲良いんだね」
「純粋な子達だから、すぐに懐いてくれたんだよ」
「………」
普通に交わされる会話ですらブレアの隣に立つラニットに警戒されてしまう。何もするつもりないんだけどなぁ、と苦笑いしかできないが、得体の知れない人間が近くにいる事に対して警戒するのは良い騎士の証拠だ。
私の近衛騎士は、だからこそ選んだとは言え、ちょっと遊び心が多い傾向にある。警戒心が強いのは同じだが、戦いを望む習性があるから相手を威圧する睨みなんて効かせる事なんてしない。
だから、と言い訳するには悪戯心がうずきすぎているけど、ちょっとばかりの意地悪をしたくなってしまった。
「…貴方なら、純粋な子達がこんなところにいる理由も知ってるの?」
ずいっと顔を近づけて問うてみると、ブレアは驚いた様な顔をして、ラニットは警戒するあまり強張っていた体を固まらせてしまった。
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