第二十話 今すぐメンチを切り返してやりたい
エミリー・フォーレスという人物を簡潔に説明すると、「我がカタルシア帝国の侯爵であり、皇帝を支える忠義心溢れる宰相」だ。
全て事実であり、嘘偽りはない……ない、が、正直あの女は皇族への態度がなっていない。いや、それも語弊があるな。
私への態度がなっていない、と言った方が正しいだろう。
姉様や兄様には笑顔で挨拶、私には「あぁ第二皇女様ですか」しか言わないくらいの差がある。挨拶すらしないってどういう事よ。侯爵家の教育はゴミなんですか?と心底聞きたいくらいに態度が悪い。嫌われる事をした覚えなんてないんだが、まぁ彼女の過去を知っていれば当然と言えるっちゃ言え……ないわボケ!!!
確かに、確かにね?カタルシアでは親戚同士の結婚は禁じられてますから?皇族の血筋が多い公爵家以外となれば、皇太子の婚約者は他国の姫か侯爵家の令嬢になりますよ。
だがな、カタルシアは恋愛自由国家なの!自由恋愛万歳な国なの!!皇帝が男爵令嬢に一目惚れしても胴上げして喜んじゃう国なの!!そんな国にいて婚約もしてないのに結婚が約束されてると思ってる方が馬鹿だと思うの!!私は!!
「………」
だから睨んでくんじゃないよ!!睨み返しそうになるだろ!!
ぐぬぬっと、唸りそうになるのを、心の中でどうにか抑える。
ブレイディ騎士団長の一言により泣く泣く皇城の執務室まで来た私は、当然のように父の隣に立っていたエミリーと思いっきり目を逸らしていた。
「アステア、無事で何よりだった」
書類の山を急いで片付けてくれたらしい父様が、乱れた髪を直しながら話しかけてくれる。
「ありがとうございます。父様は心配しすぎだと思いますよ?」
どうにか平静を装っているが、今すぐにエミリーにメンチを切り返してやりたい。それができないなら今すぐこの部屋を出たい。
「相変わらず大人びているな、お前は。まぁ良い。大丈夫なら良いんだ。報告を聞かせてくれ」
父様が私から視線を外し、兄様の方を見る。
執務室には従者や使用人が入れないため、今いるのは私と兄様、父様とエミリーだけだ。もういっその事エミリーも締め出してしまえば良いのに。父様から信頼を勝ち取っているらしいエミリーに、そんな事は口が裂けても言えない。
チラッと、本当にチラッとエミリーの方を見る。
ジィィィィィィィィィィィィイ
ガン見でした。超ガン見してました。思わずまた目を逸らせば、なんか背筋に悪寒が走った。あっは〜嫌な予感がします〜。
「アステア様、質問があるのですが宜しいでしょうか」
やっぱりだよ、きちゃったよ、話しかけてきちゃったよ。
「…なんでしょう」
「奴隷をお買いになったというのは本当なのでしょうか」
私の返事にギリギリ被らない速さで聞いてきたエミリーは、嫌がらせのつもりなのだろうか。
いきなりすぎる質問に流石の父様と兄様も目を見開いているが、エミリーは気にせず答えを急かしてきた。………態度悪すぎるのも良い加減にしてほしい。
「質問が不躾すぎるのでは?」
「申し訳ありません。ですがカタルシアでは奴隷の売買は法律で厳しく取り締まっています。第二皇女様がそんな勝手な事をされたとは思っていないのですが、事実確認をと思いまして」
ツラツラと並べられた言葉のせいで、注意しようとした父様が黙り込んでしまう。
兄様も反論したいようだが、不用意な事を言うと揚げ足を取られると分かっているのだろう。何か発言する気配はない。
「……そうですか。流石フォーレス侯爵、私の身より法律の心配とは、宰相の鑑ですね」
「恐縮です。そんな事よりお返事を」
「あぁ、そうでしたね。すみません。皇帝陛下の宰相として、とても責任感があるのだと感心してしまって」
「いえ、誰にでも間違いはありますよ」
………本当によく回る口と頭だな。逆に楽しくなってくるよ。
今の会話を意訳すると、こうなる。
「第二皇女の心配より法律なんて本当にお堅い血も涙もない人なんですね!」
「えぇそうですけど?そんなくだらない嫌味を言うより早く答えてくださいよ」
「あはは〜!父様への片思いが叶わなかった事を私で憂さ晴らし?良い加減諦める事をお勧めしますよ!仕事でしか父様の側にいられないんだから!」
「何を勘違いしているかしらないけど、馬鹿みたいな事言わないでくれる?これだから人の話を理解できないガキは嫌いなのよ」
で、ある。
私の言い分の方が酷い?なんとでも言えば良い。今までの言い合いに比べたら今日は可愛い方だ。今回はエミリーが受け身なだけで、私だって同じくらい酷い嫌味を言われ続けている。
一瞬エミリーから視線を外せば、兄様が困惑した表情をしていた。……そうか、兄様は私とエミリーが話してるところをあんまり見た事なかったんだっけ。そりゃ驚くよね、妹と頼りにしてる宰相がこんな会話してたら。でもごめんね、これはエミリーの態度が改まらないとやめられそうにないわ。
あぁでも、今回の事は今後に響くかもしれないから真面目にしなきゃダメか。
私は落ち着くために一度深呼吸をすると、仕方なく真面目な顔をしてエミリーと向き合った。
お読みくださりありがとうございました。




