第二話 怖いよクレイグ!
決意をしても行動に移さなければ意味がない。それは私だってわかっている。だから、私は待ったのだ。
そして待って、待って、待ち続けて、今!兄は十八歳になった!
攻略対象である兄は十八歳の頃に他国の姫君が多数参加するパーティーで婚約者を探す。
カタルシア帝国では婚約していない令嬢や令息も多いが、皇族となるとやはり早めに決めておきたいのだろう。
そう考えると兄は遅い方で、自称気長な父が「形式上でも良いからさっさとしろ!」と言ってとうとう痺れを切らしてしまいパーティーに参加する事になった。
そこで適当に婚約者を見繕おうと徘徊していた兄とヒロインが遭遇。クロスでは先に攻略対象を決めるため、その瞬間から兄のルートに突入するわけだ。
「考え事もよろしいですがそろそろお着替えしていただかないと困ります!」
そう言ったのは、私の専属メイド─エスターだ。
「エスターいつ来たの」
「いつじゃないですよ!さっきノックしました!!」
「えー、そうだっけ?ゴメンゴメン。そんなに怒んないで?」
もう!と頬を膨らませているエスターは私の癒し。
ちなみに狐の獣人だ。
獣人には「人寄り」と「獣寄り」がいるのだが、エスターは「人寄り」で物凄い美人。オレンジのような金髪と若葉のような瞳が綺麗で、そのくせ言動が主人に褒められたそうにする犬のようで凄く可愛い。
「あれ…?もしかしてシャワーを浴びられたんですか!?」
怒りながらも私の身の回りの世話をしようとしたらしいエスターが驚きながら聞く。
「バレた?」
「バレた?じゃ、ありませんよ!怒られるの私じゃないですか!」
またもや、もう!と怒ってしまったエスターに「そんなに言ってると牛になるよ〜」とからかいの声をかける。
「牛ですか。では、いつまで経っても起き上がらないアステア様はどんな動物に例えられるのでしょうなぁ」
ビクッ!
思わず肩が跳ねる。
ゆっくりベッドから身を起き上がらせ、部屋の入り口の方へ視線を向ければ目があったのは私の専属執事─クレイグだ。
所謂イケオジの部類に入る風貌のクレイグだが、実は人間ではない。
死んだ人間、アンデッド。
元々生前が魔術師だったという事もあって、ただ死ぬだけではつまらないと思ったらしい。
アンデッドなので初めて出会った頃から一切容姿は変わっていないし、腐臭などはしないものの触れば温度はない。
正直、初めは珍しい物を見つけたと思っていただけなのだが、めちゃくちゃ有能だったので皇帝である父に無理を言って専属の執事にしたのである。
だがこの執事、有能すぎた。
「く、クレイグ…いつからそこに…?」
「扉が少々開いておりましたので声もなく入った事お許しください。アステア様がエスターをからかっている時には居りました」
「そ、そっか〜」
「質問なのですが、本当に一人でシャワーを浴びられたのですか?」
「うっ…」
怖い、クレイグが怖すぎる。
いや、はたから見れば優しく聞く執事にしか見えないのだが、絶対逃さないという意思を持つ蛇のような目が怖すぎる。
「ごめんなさい!はい!謝った!」
「………はぁ…わかりました。ではすぐに髪を乾かしてください」
何かを諦められたような気がしたけど気にしない事にしよう。
「すぐに?今日ってなんか予定あったっけ?」
私が聞けば「いえ、先ほど遣いが来まして」と言ったクレイグは、綺麗な笑みを浮かべた。
「第一皇女様からお茶のお誘いです」
その瞬間、私はベッドから飛び起きる。
第一皇女…つまりは姉様からのお誘いだ!
「エスター!どのドレスが良いと思う?」
「シンプルにホワイトとブルーのドレスなど如何でしょう。動きやすい方が良いならワンピースをご用意しますよ」
「ホント?じゃあワンピースで!」
私が言えばエスターはすぐに部屋から出てワンピースを取りに行ってくれた。
服が多すぎて、一部屋丸々クローゼットにしているのでエスターが帰ってくるまでには少し時間がかかるだろう。
クレイグはどうやらそれを狙っていたらしく、エスターが部屋を出るとすぐにとある書類を渡してきた。
「相変わらず仕事が早いね」
そう言いながら私が書類に目を通せば、クレイグは「申し訳ありません」と謝る。
どうやら私が知っている以上の情報は持って来れなかったようだ。
書類にはクロスのヒロインである王女「リリア」の情報が書かれている。
知っている内容とはいえ、一応ざっと目を通す。
「母親が五歳の頃に亡くなり、その美貌から「花姫」と称されるようになるものの、子供が産めない、女性の役割が全うできないため王族としての地位は底辺。社交界にも滅多に出て来ないため人格は不明、か」
「はい。それと、これは私の単なる憶測にすぎないのですが、王太子殿下は随分姫君の事を大切にしているようで…家族以上の感情もお持ちのようですな」
ニッコリ、そんな効果音がつきそうな笑みで言ったクレイグ。
……本当に私の側についてくれていて良かったと思う。
アルバの王太子、つまりリリアの兄は攻略対象の一人で、今の段階だとリリアへの恋愛感情はまだ自覚していないはずだ。
しかも王太子ルートに行かなければその感情に気づく事は一生ない。
なのに、この執事様には見抜かれてしまった。観察眼どうなってんだって話。
加えてリリアと王太子のいる国アルバは商業が盛んな国として名高く、情報戦に強い。
そんな国の王女の事を調べてしまえるのだから、クレイグは本当に何者なんだろうか。
「執事が優秀で鼻が高いよ」
「恐悦至極にございます。…どうか使用人の小さな力でございますので、恐れないでいただきたいものですな」
それはつまり恐れられた事があるって意味で良いのかな!?
(怖いよクレイグ!リスクがある仕事頼んでるの私だけど!)
私の心の声は…当然クレイグに届くはずもなかったのである。
読んでくださりありがとうございました。