第百九十九話 フェアリーって何よ
「──…ゃん…──ちゃん!…お姉ちゃん!!」
「!?」
ガクガクと遠慮なく揺すられ眠りの余韻もなく目を開けると、目の前には見知らぬ子供の顔があった。
「将来美形になりそうな子だな…」
「?」
あ、いけない、本音が…。
慌てて「いや、なんでもないから気にしないで」と取り繕う。私の事を覗き込んでいた子供はなんとも愛らしい顔をした女の子で、私が目覚めるとすぐに「起きたよー!!」と声を張り上げた。
するとそれを合図にした様にゾロゾロと現れたのは…。
「こ、子供…?」
優に二十人は越えている子供達が、次々に私を覗き込む様に見つめてきた。
「あの、大丈夫…ですか…?」
私と同い年か一つ下くらいの少女が一歩前に出る。どこか怯えた表情のその子は、私を起こした女の子の事を自分の背に隠すと「こんなところに来るなんて…」と言葉を続けた。
「こんなところ?」
その言葉が引っかかって辺りを見渡せば、そこは窓の一つもない大部屋だった。私が座っている床はざらざらとしていて、砂が混じっている事がわかる。
なんで、私こんなところにいるんだ?確かジュードと一緒にヨルの試合を観戦する予定で…。
「………あっ」
「?」
そ、あ、そうだったっっっ!!!
「あのクソ野郎どこ行った!?今すぐ誰か判別できないくらいに顔面変形させてやるっ!!」
最初から気に食わなかったけど、まさか気絶させてくるなんて思いもしていなかった。というか、カタルシアの国内で私に手を出すとか馬鹿以外の何物でもないから油断し切ってた。まぁそれはこっちの落ち度。だが、それとこれとは話が別だ。口から溢れた言葉は正真正銘全て実行したい事。
……なんだけど、そのせいで子供達の事を怯えさせてしまった。
「っ…っ…!!」
「え!?あ、え!?そこで泣く!?」
「な、泣いて、ないっ…ですっ」
「ご、ごめんね。泣かないで、ね」
「ディウネのお姉ちゃんを泣かせちゃダメ!!」
私を起こしてくれた女の子にも睨まれてしまい、どうしようかとあたふたと慌て出す。こ、子供を泣き止ませる方法なんて知らないんだけど!?
周りに年下がいる環境が今までなかったから、どうして良いのか本気で困る。
すると私を睨みつけた女の子が、ディウネと言うらしい少女を慰め始めた。
「お姉ちゃん、大丈夫!」
「さ、サラぁ…情けないお姉ちゃんでごめんね…っ」
「大丈夫!」
満面の笑みの女の子と、ボロボロと涙を流す少女。普通慰めるのって年上の役目なんじゃ…?と思いながらも、段々と落ち着いてきた少女を見てほっと息をついた。
「さっきはごめんね…?少し取り乱しちゃって…」
優しく、出来るだけ刺激しない様に話しかけるとディウネがビクッと体を震わせながらも私と向き合う。
「い、いえ……あの、貴女は新しいフェアリーですか?」
「フェアリー…?」
フェアリーって何よ。私の記憶が正しければ妖精の事だよね?
このコロシアムの名前にもなってるくらいなんだから間違いはないはずだ。あと、人間はフェアリーになれないって事も間違いないはず。
言葉の意味を汲み取る事ができずに首を傾げる私を見て、ディウネが「ここはフェアリーの仕事場なんですっ」と瞳に涙を溜めながらも教えてくれた。
「私達フェアリーはここで仕事をして、それでご飯を貰っていて…」
「仕事って、こんなところで?なんの仕事?」
「あ、あそこに魔力を注ぐんです」
そう言って指差されたのは、魔術の術式が刻み込まれている石の台だった。
気になって術式に目を通してみる。魔術の勉強をしていない私に読み取れるはずがないけど、クレイグから少なからず貰っていた知識のおかげで魔力を流し込むタイプである事だけはわかった。このタイプは半永久的に使える様に作られている可能性が高い。
何かの装置…?
「って、そういえば私ってなんでここにいんの…?」
肝心な事を聞いてなかった。疑問をそのままディウネにぶつけると、ちょっと怯えながらも答えてくれる。
「わ、私達が来た時には、もういました…」
「そんな事より!お姉ちゃん誰なの!?お姫様みたいだね!!」
ディウネの後ろから顔を出すサラ?ちゃんが可愛いのなんの…。
さっき睨まれた事なんて忘れてしまおう。
とりあえず状況把握が先か、と考え術式から一旦離れる。もう一度落ち着いて周りを見渡すと、ディウネとサラちゃん以外は私を警戒して様子を窺っている様だった。リーダーみたいな子も見当たらないし、まさかこの二人がリーダー格とも思えない。どうしようかと考えあぐねていると、キィッとドアが開く音がした。
「みんな、今日はパン持ってきたよ…って、あー…」
「ブレア様?…ッ!」
扉から現れたのは、私が一方的に見知っている顔。穏やかに、けれど少し焦った様子で声を溢すブレアと、私に気づいて警戒を強めるラニットがそこにはいた。
踊り子の時の仮面もつけておらず、言い逃れさせてあげられない状況に私は思わず、「奇遇です、ね…?」なんて動揺して口走っていたのだった。
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