第百九十八話 密かに感服しながら
視点なしです。
「リンクの坊ちゃん…」
「その坊ちゃんって呼び方やめてくださいよ」
「坊ちゃんは坊ちゃんだろうがよ」
軽口を叩きながらリンクが観客席からステージへと上がる。咎められそうなその行動すら他の観客達には見えていないようで、すでに幻影を見ているようだった。
「ヨルさんの姿も幻影として見えてるとなるともう何をしても気付かれなさそうですね」
「気に食わねぇが、魔術のレベルは高いっつう事か」
溜息をつくヨルはどうにか苛立ちを抑えようと深呼吸をする。観客の熱気が鬱陶しいが、無理やり着させられたバイコーンの仮装を脱いでしまえばある程度は落ち着く事ができた。
「じゃ、話を聞かせてもらおうかな」
ヨルが落ち着いた事を確認したリンクが子供の方へ体を向ける。子供はビクリと体を跳ねさせ、「な、何…」と言いながら後ずさった。
「?」
ヨルの事は勇敢なのか命知らずなのか引き止めようとしたにも関わらず、リンクを相手にした子供はまるで今にも逃げ出しそうな兎のように震えている。ヨルが首を傾げると、リンクがクスッと子供に笑いかけた。
「何、じゃないだろ。知ってる事を全部言え」
体の芯へ恐怖を伝えるように発せられた言葉は、子供の心臓を冷やすには十分すぎるほどの威力を持っている。隣に立っているヨルですら「おぉ、すげぇな」と余裕そうにしながらも声をこぼすほどだ。真正面に立つ子供はボロボロと涙を流し始めてしまった。
「ご、ごめ、なさ…ひっ…うっ」
「泣くな。言葉が聞き取りづらいだろう」
「ひっ…あ、あの人に、言われた、だけなんです…っ」
「なんて?」
「なんでも良いから、ふ、たりを、引き止めろって…」
恐怖ゆえに言葉の節々が震えながらも紡ぎ出された言葉は、概ねヨルとリンクの予想通りだった。やはり子供は脅されて二人の足止めをしているだけに過ぎない。
「そうか。わかった」
リンクが納得した様子で頷くと子供はほっと息を吐くが、次の瞬間には意識を失っていた。
「別に良いよな?」
「やってから聞かないでくださいよ、ヨルさん」
リンクにばかり気がいっていた子供は気づかなかったが、子供の背後に回っていたヨルの手で気絶させられたのだ。
ヨルは子供を担ぎ上げると会場の隅へ移動させる。
「ろくに寝てないみてぇだから数時間は起きないだろ」
「そうですね。隈がひどい…」
子供の目元を撫でるリンクの手付きは先ほどの威圧感をまるで感じさせない。ヨルは、「あそこまで怖がらせる必要あったのか?」とリンクに聞いた。口出しはしなかったものの、先ほどの様子を見る限り優しく投げかけて言葉巧みに情報を引き出す事だってリンクにはできたはずだ。
なぜ、それをしなかった?
その疑問は子供への同情心からではなく、単にリンクなら泣かせるような真似はしないと思っていた事からくる疑問だった。
「ヨルさんが相手の時、この子後ずさらなかったですよね」
「あ?…あぁ、そうだな」
「たぶん、ヨルさんみたいな強い人を知らないからこそ恐怖より「みんなを助ける」って思いが強く出たんだと思います」
正義感の強い子なんですよ、と言ったリンクは目を細め、「でも」と続けた。
「俺の時には後ずさった。ただ振り返ったくらいで警戒もした。おそらくですけど、貴族然とした威圧感が怖いんですよ。その怖さを知っているからこそ俺の時は後ずさってしまった…」
「まどろっこしい」
「あー、じゃあ簡単に言うとヨルさんみたいな人じゃなく、俺みたいなタイプの人間に脅されてたんですよ、この子。だから俺への恐怖が圧倒的に上回ったって事だと思います。俺と同じタイプを例であげるとするなら…さっき挨拶してきた支配人、とか」
つまりリンクが言いたいのは「さっき挨拶してきたジュードに脅されて子供がここにいる」という事なんだろうか。そしてヨルが苛立ちのままに子供を追い詰めるより、リンクが優しく言葉をかけるより、リンクが恐怖で追い詰めた方が手っ取り早いと思った、という事を言いたいのか。
何事もストレートに、けれど口数少なく伝えるヨルが「めんどくせぇ奴だな」とこれまたストレートに呟いた。
「面倒って…これでも結構わかりやすく言ったつもりなんですけど」
「つまりあれだろ?姫さん拐ったのはいけ好かねぇジュードって男で、そいつをころっ……捕まえれば良いって事だろ?」
「今絶対、殺せば良いんだろ?って言おうとしましたよね…」
「言ってねぇ」
フイッと顔を逸らしてしまうヨルにリンクが白い目を向けるが、捕まえると言い直したところを見るに一応はアステアの立場や今の状況の事を考えているらしい。
「…おそらくこの幻影魔術の効果は俺とヨルさんを足止めしたい分だけ続きます。それまでにアステア様を見つければ俺達の勝ちって事です」
「おぉ、今度はわかりやすいな」
子供に聞いても居場所など知らないだろうし、兵を呼ぶにしても相手の目的が何か定かではないなら呼ぶだけの時間が惜しい。
さっさと見つけるか、と背伸びをしながらも神経を研ぎ澄ませ始めたヨルに密かに感服しながら、リンクはヨルの後を追った。
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