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第百九十七話 子供の声を聞き届けた者

視点なしです。

耳鳴りがするほどにうるさい歓声とともに、バイコーンを象った剣闘士が現れる。素人目にも只者ではないだろうとわかるほどにオーラを纏ったその剣闘士はぐるりと会場を見渡した。


「………」


自分の主人はどこにいるのか、探しても見当たらない事から察するに外側からは見えないあのガラス張りの部屋にでも戻ったのだろう。ジュードという男からは嫌な匂いが漂ってきていたが、仮にもカタルシア随一の闘技場を管理している人間。最も尊ぶべき皇族に何かしでかすような馬鹿ではないはずだ。

バイコーンの剣闘士、ヨルは観客席で何かを探ろうと必死に目を凝らしているリンクへ視線を移す。

だが、リンクの視線とかち合う事はなく、どこを見ているのかと探れば会場のど真ん中。ヨルが立つ円形状のステージを俯瞰して見つめているようだった。

リンクはヨルの主人でもあるアステアが引き抜いた人材だ。何より、自身も違和感を感じている身として、ヨルがリンクが気付くように「ちゃんと見てろよ」と口パクで伝える。すると返ってきたのは、力強い頷きだった。


『バイコーンの剣闘士!準備はいいか!?』


会場の熱気をさらに上げようと張り上げられた司会者の声。ヨルが一つ頷くと満足そうに笑った司会者は、会場中の注目をヨルの相手へと向けさせた。


『バイコーンが出てきたなら対戦相手は一人だろ!?ユニコーンをモチーフにした剣闘士の登場だ!』


すでにボルテージがマックスの会場に、ヨルとは正反対の白い剣闘士が現れる。名前が浸透している妖精を演じる剣闘士はある程度人気の者らしく、おそらくユニコーンの剣闘士もそうなのだろう。観客達の声が一層うるさくなった。


だが、ただ一人…いや、二人だけは…。


「おいおい、これマジで言ってんのか…」


「!……ま、さか…」


一方は心底がっかりした様子で、もう一方はその事実に驚きを隠せずと言った風で。その両方ともに、ユニコーンの剣闘士に期待など一切をしていなかった。

なぜなら、と言う必要すらない。


二人の目には、ユニコーンの剣闘士が単なる子供に写っているのだから。


「ふざけんのも大概にしろよ」


地を這うような声が歓声によってかき消される。単なる子供、という言葉が比喩であればどれだけマシか。ヨルの目の前に立っているのは、紛れもなく年端もいかない子供なのだ。

落胆の色を見せるヨルが肩を落とすが、会場の勢いが収まる事はない。


『バイコーンvsユニコーン!こんな戦い二度と見られない!サァ!どっちに賭ける!?』


煽りに煽られた観客達が次々に拳に握った金を掲げる。単なるパフォーマンスの一つだが、まだ十四である自分の主人に見せて良いのか疑問だなと、きっと「盛り上がってきましたね〜」なんて呑気に言っていそうな主人を思い浮かべてヨルが他人事のように思った。


「おい、これどういう事だ?」

「!」


話しかけると子供は俯き気味だった顔をあげ、「えっ」と声を溢す。その反応に首を傾げたヨルは、「なんだ?」と言い方を変えて問うた。


「え、あの、わかるんですか…?」

「あぁ?何が」

「その、僕の姿、見える…んですか?」


当たり前だろ、と返事をしようとして、ヨルは口を閉じた。


……なるほど、そういう事か。


会場全体に幻影魔術の一種でもかけられているらしい。元々の予定では観客を含め、対戦相手のヨルにも子供が立派なユニコーンの剣闘士の姿に見える手筈だったのだろう。

けれど、ヨルの目には正真正銘子供の姿が見えている。予定外の事で動揺しているらしい子供が目を見開く姿を見て、ヨルはなんとも言えない苛立ちに襲われた。


「舐められたもんだなァ。この程度の魔術を見抜けねぇと思われたのか、俺は」


確かに遠目では違和感のない空間に気持ち悪さを感じる程度だった。けれど、剣を交えるならば別だ。意識が完全に戦う事へと切り替われば自ずと感覚は研ぎ澄まされる。こんな陳腐な魔術を見抜く事だって簡単にできるのだ。

ヨルの苛立ちを察した子供は怯えた表情と共に、だが後ずさる事はなかった。


「だ、騙してごめんなさい!あの、少しの間ここにいてくれるだけで良いんです!そうすれば勝手にお客さんは幻影を見てくれるから…!」


必死にヨルを引き止めようとする子供の声は、決して観客へ届く事はない。


「……何が目的だ」

「っ!わからないです…けど、お兄さんがいなくなっちゃったら、みんなが酷い目に遭わされちゃう…!」


ぎゅうっと服の裾を握りながら涙目で叫ぶ子供に、ヨルは表情を歪ませる。

幻影魔術ならば、あらかじめ掛けておけば誰もいなくても作動する。おそらく子供はうまい具合に脅されてヨルの足止めに利用されているだけだろう。

最大限の集中力で気配を探ればいつの間にか主人の姿がどこにもなくなっているではないか。苛立ちを募らせる事ばかりで、ヨルの表情はいよいよ殺気に満ちたものへと変わっていってしまう。


「ヨルさん」


そのまま子供へ一歩近づこうとするヨルを呼び止めたのは、観客で唯一、子供の声を聞き届けた者だった。

お読みくださりありがとうございました。

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