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第百九十五話 おかしいところは何もない

最後は視点なしです。

武神から妖精が逃げ出した事を祝うお祭りなので、それに由来して剣闘士達はどうやらそれぞれ妖精達をモチーフにした戦い方をしなければいけない縛りがあるようだ。コロシアムと言っても人を魅せる事を目的としているので、素人目にはなかなか見応えがあるんだけど…。


「………」


ヨルの不機嫌バロメーターがちょっとヤバイ。

そろそろ中間地点は突破しそうな勢いで顔を顰めていて、実戦を期待してたんだろうなぁ、と少しばかり申し訳なくなってしまった。


「今日はお祭りって事もあるし、妖精モチーフの戦いっていう縛りもあるから見応えない…ですよね」

「見応えがないわけじゃねぇよ。ただ…」

「?」


言葉を区切ったまま何も言わなくなってしまったヨルに首を傾げる。じっと見つめる先は、もちろん剣闘士達だ。


「…気持ち悪りぃ」


心底嫌そうな顔をしながら自分のこめかみを押さえて溜息をつく姿は、あまり見た事のないものだった。

何がそんなにヨルの気分を害しているのかわからない。けど、そんな姿を見てしまえば胸騒ぎがするのは当たり前で、私は視線を剣闘士達へ投げた。


おかしいところは何もない。


兄様や姉様が持つ近衛騎士団の騎士達の洗練された動きには見劣りするかもしれないが、それでも実戦で培われたのだろう身のこなしは拍手を送りたくなるレベルだ。お祭りゆえに「妖精をモチーフにしろ」なんて変な縛りがあるはずなのに、観客を楽しませる事を忘れず戦っている姿にはプロ意識さえ感じる。

そのどこにも違和感なんてない…ない、はずなんだけど…。


ただの剣闘士が、ここまで人を魅せる事ができるものなのか…?


踊り子として踊っていたブレアやラニットは昔から身を清め、精神を沈めるためにと剣舞を舞い続けている。それは神に納める事もあるとても神聖なもので、ある意味人が魅入ってしまうのが当たり前なのだ。

けど、今戦っているのは単なる剣闘士。

カタルシア随一の闘技場なのだからある程度経験のある人間が選ばれてはいるだろうけど、見ていて不快に思うようなところが一つもないなんて…。


だって、これは相手が白旗を挙げるまでの殺し合い。


不快に思わないところがないわけがない。

そう気づいてしまうと違和感を感じない事に違和感を覚え始め、言い表せないほどの悪寒が体を走った。


コンコンッ──


部屋のドアがノックされ、控えめな音を立てながら扉が開かれると、「お初にお目にかかります」という落ち着いた声が部屋に響いた。


「わたくし、当闘技場の支配人を努めておりますジュードと申します」


ある程度の礼儀は弁えているのか頭を下げてはいるが、その声色に何か不快感を覚える。それは直感的なものなので、一応「挨拶ありがとう、ジュード」と答えた。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。姫君」

「お気になさらず。何をしに来たの?」

「せっかく来ていただいたので、ご案内でもと思いまして」


にこりと笑いかけられ、思わず顔が引きつった。ジュードの瞳には野心が灯っていたのだ。私を利用しようと挨拶に来たのか、それとも利用できるだけの価値があるか見極めに来たのか。どちらにしても、私を見定めようとしている事は確かだ。それ自体は向上心があって結構。利用されるなんて気に食わなすぎるけど、その心意気だけは買って面白いと思わなくもないはず…なのに。


「闘技場に来て闘技を見ないのももったいないでしょう?お気持ちはありがたいけれど遠慮しておきますね」

「そんな事おっしゃらずに!決して損はさせませんので!」


野心と同時に感じる何かのせいで、この男に対する評価は下がっていくばかりだ。ヨルの不機嫌を気にして徐々に消費していた体力を、ジュードの登場によって半分ごっそり取られた気分。もう頷かないとどうにもならないな、と一人悟って「…では、お言葉に甘えて」と答えると、ジュードは嬉しそうに「こちらです」と半開きだった扉を開けた。


「そういう事です。良いですか?ヨル」

「ま、見てても気持ち悪りぃだけだしな」


案外すんなりと着いて来てくれるヨルに安心し、窓に釘付けになっていたリンクにも声をかける。


「行くよ〜」

「………」

「リンク?来ないと置いてくぞ〜」

「…!あ、は、はい!」


ボーッとしていたのか、それとも魔道具の事を考えていたのか。慌てた様子で私とヨルの後を追って来たリンクにクスッと笑いかけながら、私達は部屋を後にした。


───












「あ!踊り子の兄ちゃんと姉ちゃん!」


誰かがそう言えばパッと咲いていくのは笑顔の花。ブレアとラニットは同じく笑顔で応えながらも、その花達が咲く姿とは不釣り合いなこの場所に拳を握り締めた。


「まさか、こんな場所があるとは思わないよね…」


人の気持ちを解す緩やかな優しい声が、珍しく悲しみを含んだ色に変わる。駆け寄ってくる花の笑顔を携えた子供達の頭を撫でながらも、ラニットはブレアの声を聞き悔しそうに唇を結んだ。


「本当、神様の声なんて意味がない」


そんなものがあっても、ここにいる子供達は救えやしないんだから。

お読みくださりありがとうございました。

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