第百九十三話 カタルシアが誇る闘技場
二日後。つまりは視察日当日。
身支度を終えて屋敷の前で待機している場所まで向かうと、少し不服そうなエスターと目があった。
「今回も連れて行ってはくれないんですね」
拗ねているのか少し棘のある言葉。でも、ヨルのように破壊しないだけマシという話だ。
「ごめんね。またお茶しよう?」
「…わかりました」
可愛いんだけど、見送りの時にもこうして不機嫌そうにされると面倒だと思わなくもない。それを察してか、エスターは次の瞬間には「早く帰ってきてくださいね!」と笑った。
こういう空気の読めるところが、きっと私のメイドを長く続けられている秘訣だ。
「アステア様、安全確認が終わりました」
風より無音でクレイグが現れる。どうやら馬車の最終チェックが終わったようだ。
「了解。じゃ、行こうか。ヨル、リンク」
「…おう」
「はい!」
今回はクレイグも屋敷に残ってもらうので、ヨルはいつも通りだけど、私の執事はリンクが務める事になった。そのせいなのか少しリンクが緊張しているようだけど、小伯爵を努めていた男が何を今更…と思いながら、「緊張しすぎるなよ〜」と声をかける。
「クレイグさんの代わりができる気がしません…」
「できたら逆に怖いって。エスターの代わりって思えば気が楽なんじゃない?」
「それは…そうかも?」
「それは聞き捨てなりませんよ!?」
さすが獣人と拍手を送りたくなる聴覚で私とリンクの会話を拾い上げたエスターに手を振りながら馬車に乗り込む。ヨルの方はと言えば、今だに拗ねているのか、それもと愛馬であるプレゼントした黒馬を連れて行けないから不機嫌なのか。たぶんそのどちらもであるから、その表情は浮かないばかりだ。
ま、気にしてるだけ疲れるから無視を決め込むわけですけども。
「じゃ、しゅっぱーつ!」
緊張しているリンクに、不機嫌なヨル。決して良いとは言えない雰囲気の二人とともに、視察の旅が始まった。
───
まぁ、結果的に言えばシャーチクはこの上なく良い使われ方をしていた。当然だ。視察に行った全ての場所は、皇家御用達の商人の店ばかりなのだから。
「いやぁ、本当に素晴らしい。シャーチクを作ってくださってありがとうございます!リンクさん!」
「え!?あ、は、はい…」
魔道具を作って感謝されるなんて初めての経験だろう。緊張気味だったリンクが、次は困惑気味に体を強張らせている。
今回の視察、リンクに自信を付けさせるという点で大いに貢献してくれそうだ。
直接父様や皇女である私と関わる商人だけではなく、雇われている人もシャーチクをよく理解して使う事ができている。少なくとも、皇家に関わる人間でシャーチクを悪用している人間はいない。
それだけわかれば視察に来た意味があるというもの……なんだけど…。
「お噂には聞いておりましたがまさに妖精のようなお美しさ!きっとこの宝石がお似合いになりますよ!」
「我がカタルシアの誇りとも言える皇帝陛下の娘君が来てくださるとは光栄です!こちらのドレスなどいかがでしょう!」
「ご機嫌麗しゅう姫君!こちらの商品は北部から渡ってきた狼の毛皮が使われておりまして、姫君の麗しさを引き立たせるかと!」
どいつもこいつもリンクの顔を覚えて挨拶をした瞬間に標的を私に切り替えやがる!!表面上笑顔だけど私内心めっちゃ苛ついてるからな!!買い物しにきたんじゃないんだよ!!
どうせ実際はリンクやヨルが仕事をして、私はお飾りだとでも思っているんだろう。じゃなかったらこんなにも邪魔になるような話しかけ方はしない。クッソ、確かに見た目は14歳だし説得力がないのもわかるから何も言えない…。せめて父様にチクるくらいの反撃はしてやろうと心に決め、早々に最後の商店を後にした。
「思っていたより店が少ないんですね」
馬車に揺られているとリンクがポツリと呟く。その言葉に「皇家御用達の店がって事?」と聞くと、コクッと頷かれた。
「確かにフィニーティスとかに比べたら少ないかもね」
フィニーティスはカタルシアと比べてとても人が集まる国で他国との交流も多い。だから色々な種類のものを揃えておかなくてはいけなくなり、その分御用達の店も多くなるのだ。
「だいたい老舗の店を愛用してるって感じだから。新しく御用達の店を見つける事もしないし、増えるってよりは少なくなる一方なんだよねぇ」
信頼と実績がなければ皇家御用達にはなれない。当たり前だけど、他の国に比べるとカタルシアはそのハードルが一段と高い気がする。
「でも、皇女御用達とか、皇太子御用達の店は多いよ」
「皇女御用達…ですか?」
「そう。皇家御用達になる第一歩」
今で言うと、私や姉様、兄様に気に入られた店は、そのまま継続的に質を保ち続けていると兄様が皇帝になった時に皇家御用達になる可能性が高い。だから、どの店もまずは皇族の娘息子達に気に入られようとするのだ。
ま、私の場合は気に入るのは店じゃなく人だから関係ないんだけどね。
「お、話してるうちに着いたみたいだね」
なるほど、と頷いているリンクを横目に窓の外を見る。私の視線の先には仰々しく聳え立ったカタルシアが誇る闘技場、「フェアリー・コロシアム」があった。
お読みくださりありがとうございました。




