第百九十二話 努力しないといけないという話だ
途中から視点なしです。
一心不乱に木をなぎ倒す姿は修羅の如く…とでも言えばいいのか。リンクが顔を真っ青にして倒れそうになっていたけど、これは無理もない。森の大半が破壊され、改築する際に作った仕掛けや諸々の細工は無惨に壊されてるんだから…。
「ヨル」
一言、名前を呼べば振り返る事もせずに「なんだ?」と聞かれる。その声があまりに低くて、嬉々として煽りそうなエスターを置いてきて正解だったなと胸を撫で下ろした。今頃クレイグに「ヨル様に無礼な事をするんじゃありません」なんて言われて説教でもされている事だろう。
「壊しても良いですけど、もう少しペースを考えてあげてください。直すのはリンクなんですから」
「………」
ただでさえ魔道具が作れなくて落ち込んでいるんだ。森を直すだけの時間も相当にかかるだろう。魔道具士に魔道具を作らせないなんて失礼な事はあまりしたくない。
「……坊ちゃんの事はもう終わったんじゃねぇのか」
「!」
あからさまに拗ねた声が耳に届き、思わずヨルを凝視する。え、何、今のちょっと可愛い感じのやつ。
「リディア伯爵の監視はした」
「あ、はい。それは感謝してますけど…」
「………」
何か期待するような沈黙。気まずくなって思わずヨルの名前を呼ぶと無視されてしまった。
……うーん、これはマズい。
視察には私の護衛としてヨルを連れて行かなきゃいけないけど、この雰囲気のままだと絶対気まずいままで終わってしまう。せっかくリンクに自分の魔道具が使われているところを見せるんだ。できるだけ楽しいものにしてあげたい。
「ヨル、何に怒っているのか教えてくれませんか?」
「別に怒ってねぇよ。ただ、体力が有り余って仕方ねぇだけだ」
散歩をしなかった日の犬かお前は!
言葉を発するごとに木はなぎ倒され、随分と殺風景になった森を眺める。
これは予想以上に拗ねている。まぁ何もさせずつまんない仕事ばっかりやらせてた私が悪いんだろうけど…。
このままだと、ヨルが出て行く可能性だってあり得るかもしれない。
そもそも心地良いから私の近衛騎士をしているヨルが、退屈になってまで私の側にいる理由はないんだから。
「………ヨル、視察に行く事になりました」
「あぁ?」
「ヨルもついてきてください。外に出れば気分転換にもなると思いますし」
私の側にいるかいないか、それはヨルの自由だ。けど、私はヨルの事を近衛騎士として側に置いておきたいと思っている。だったら、そのために努力しないといけないという話だ。
「多少の寄り道もするつもりですから、きっと楽しいですよ」
私を行かせる時点で、たぶん自由にして良いという許可が降りているようなものだ。私が素直に言う事を聞いた試しなんてないんだから。
にこりと微笑むと、ヨルは期待を隠しきれない表情で「わかった」と返事をした。
───
「…まずいです、ブレア様」
「?」
硬い声で言うラニットにブレアが振り返る。ラニットと目が合うと、すぐに「今にも尽きそうです」と言い放たれた。
「もうお金がありません」
その言葉とともに開かれた財布には、確かにあと二日程度しか宿に泊まれなさそうな軍資金だけが入っていた。大司教から大分お小遣いをもらって来ていたのにそれが尽きるとはちょっと遊びすぎたかもしれない。ブレアは少し後悔した後に、仕方ないとばかりに溜息をついた。
「調査の前にひもじい思いはしたくないし、頑張ろうか…」
「?頑張る…?」
「僕、剣舞には自信があるんだ。それにラニットも上手いでしょ?」
「確かに子供の頃から教えられてはいますが…」
何が言いたいのかいまいち理解できないラニットが首を傾げると、ブレアはラニットの手を取ってある場所へ足を向けた。その先にはカタルシアで知らぬ者はいないほどの有名所。その瞬間、すぐにブレアの言葉の意味を理解してラニットが目を見開いた。
「ブレア様!それなら私が行きますから!ブレア様は宿で待っていてください!」
「ラニットは僕の護衛なんだから一緒にいなきゃダメだよ。それに、戦うわけじゃないから」
「えっ」
ラニットに笑いかけたブレアは、店の壁に貼られた一枚のチラシを指差した。活気溢れる街並みにも埋もれない派手な色で人の目をよく引いている。
「二人で二、三日も働けば、きっとカタルシアにいる間は困らないよ」
大丈夫、と笑うブレアに、ラニットは一生叶わない気がした。仕方なく、「せめて正体がバレないように仮面でも買いましょう」と提案すれば、ブレアが「良いのあるかなぁ」と楽しそうに数ある店を見渡していく。サディアス教国の次期教皇候補がまさか日銭を稼ぐために動かなくてはいけなくなるなんて…。ラニットは自分の管理の甘さを叱咤しながら、できるだけブレアの出番を減らせるようにと自分に気合を入れた。
チラシには、カタルシアで最も名高い闘技場「フェアリー・コロシアム」の名が綴られていた。
お読みくださりありがとうございました。




