第百九十一話 拗ねてるってレベルじゃない
それを告げられたのは今さっき。リディア伯爵の一件が一応解決し、フィニーティスとの話し合いは父様が請け負ってくれると言うのでお礼も兼ねて顔を見せに行った時の事だった。
「視察に行ってきてほしいんだ」
なんでも、シャーチクが予想以上のスピードで国民達に浸透しているのだが、シャーチクやそれを作ったリンクを快く思わない連中が好き勝手に噂を流しているらしい。それを止める一手として、リンクの主人である私がリンクと一緒に使っているところを視察し、国民達へにこやかに報告してほしいそうだ。
「………別に構いませんけど」
私が人前に出たくない事を知っていてそういうお願いをした事はわかってる。その上で不機嫌そうに返すと、父様は苦笑いしながらも意向を変更する事はなかった。
───
「という事で、リンクは明後日から私と視察に行く事になったからそのつもりでお願いね」
リンク、クレイグ、エスターが揃っている時に伝えると、リンクは「色々と山積みですね」と肩を落とす。リディア伯爵の事が終わりそうだと思ったら視察をしなくちゃいけなくなって、魔道具作りに集中できない状況だからだろう。ちょっと申し訳ない気持ちになりながら、「これが終わったら思う存分作っていいからね」とリンクの肩を叩いた。
「あ、そうだ、クレイグ。お願いしてたラニットの事、何かわかった?」
くるりと振り返ると、私の後ろに立っていたクレイグがにこやかに答える。
「どうやらシャーチクの事を調べているようです」
「なんで?」
「シャーチクの効果は疲労を一時的に回復させるものです。その用途は辛いと思っていても、その時だけは身体の疲労をサポートして仕事を続けさせる事ですから。サディアス教の方には、無理矢理仕事を続けさせているように見えたのでしょう」
………まぁ、ブラック一歩手前だっていうのはわかる。
使い方によってはとても危険な代物だ。だからこそ、絶対に使い方を間違えないようにと国の外には出していない。今回の視察でも、きっと父様が一番に確認したいのは使い方だ。私なら嘘偽りなく報告し、場合によっては対処できると判断したのだろう。
サディアス教の教えは知らないけど、人間そのものの力を大事にしていると聞いた事がある。なら、補助とはいえ、人間そのもの以外の力で仕事を続ける事に抵抗感があるのは理解できた。
「……もう少し考えて作った方がよかったですね…」
私とクレイグの会話を聞いて落ち込んでしまったリンクに、「何言ってるの?」と問いかける。
「シャーチクがある事で仕事の効率が確実に上がってる。それに、ちゃんと休息をとってるならなんの負担もないんでしょ?」
「それはもちろんです!体に使う魔道具は使っても負担がかからないように設計するよう心がけているので!」
「なら良いじゃん。正しく使うか使わないか、それは相手が決める事で、間違えた場合は相手が悪い。そんな事でクヨクヨしてると好きなもの作れなくなるよ」
「!それは嫌です!!」
顔間近で言われると流石に迫力が…。
鼻息の荒いリンクに「が、頑張って…」とだけ言い、早々に距離を取った。
「って、あれ。そういえばヨルは?」
いつもこのメンバーが揃っているならヨルもいるはずなのに、今日はいない。どうしたんだろうと思い周りを見渡していると、リンクが「それは…」と気まずそうに目を逸らした。
「拗ねてるんですよ」
ぽん、ずっと様子を見守っていたエスターが言葉を落とす。その表情は酷く楽しそうで、ヨルを心配する要因になってしまった。
「す、拗ね…?」
「楽しいからアステア様の側にいるのにする仕事は反抗する気配のない男の監視や、騒ぎが起こりそうもない護衛だけ。せっかく与えられた遊び場も相手がいなければ退屈だとおっしゃって…。しかも!アステア様に相手にされないからと拗ねていらっしゃるんです!」
本当に困った方ですよね!と笑うエスターは、きっとヨルが不機嫌な事が嬉しいんだろう。そこまでどうやったら仲が悪くなれるのか教えて欲しいけど、私もエミリーとの仲を思うと何も言えない。
とりあえず、確認のためにクレイグへ目配せすれば静かに頷かれてしまった。
「誇張も何もなく、全て事実です」
クレイグが同意し、ニコッと笑った瞬間。
ドゴォオオ──
森の方で、聞いた事もない爆音が聞こえてきた。急いで窓の外を見れば、木々に囲まれていてもわかるほどに…。
「破壊され尽くしてるな…」
無惨なまでに切り倒された木々が痛々しい。おそらく音がした方向を見ると、なぎ倒されたような大木の前に人影があった。
引きつる口元をそのままに人影に手を振ると、人影が振った剣の風圧で木が真っ二つに切られてしまった。
………これ、拗ねてるってレベルじゃないだろ…。
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