第十九話 さ・い・あ・く・だ!!
「ぜっっっっっっっったいに嫌!!!!」
キッと睨みつけながら叫べば、私の肩に手を置いていた兄様は「い、いきなりどうしたんだ?」と動揺しながら聞いてくる。
「私は!行きたくありません!!」
いっその事泣いてしまおうか。
そうすればシスコンである兄がなんとか説得してくれるに違いない。
「第二皇女殿下、これは皇太子であるクロード殿下にもどうしようもない事です」
お前はエスパーか?あん?ブレイディこの野郎!!嫌なものは嫌なんだよ!
クレイグとエスターは何呆れてんの!確かに駄々捏ねてるけども!
「アステア、少し話す程度だから、な?大丈夫だ。辛かった事は俺が代わりに話してやるから」
嫌がってるのはそれじゃないんだ!!
兄としての優しさありがとう!でも違うの!!
いくら説得しても抵抗をやめない私に、とうとう呆れ気味のブレイディ騎士団長が放った言葉は、私に現実を突きつけるにたる一言だった。
「…先ほど連絡があり、皇帝陛下は「来ないならこちらから行く」との事です」
……その瞬間、私の頭の中では約3秒の間に様々な思考が巡った。
そして至った結論。
「こ、来られるくらいなら自分から、行く…」
さ・い・あ・く・だ!!
───
少し時間は遡り、カタルシアへ帰ってきた時の事。
「アルバでの一件、早馬で皇帝陛下の耳には入っていると思うが、直接報告した方が良いだろうな」
兄様が放ったその一言で、私は自分の父親である皇帝を思い出す。
──ディルク・カタルシア・ランドルク──
クロスでの登場回数は結構多い。クロードとリリアの婚約に一番喜んでいたのは父であるディルクだし、クロードとリリアの恋をお膳立てする「余計なお世話を焼く父親」という面を持っているキャラクターだった。
加えて姉様が悪役になってしまった三章では、最後まで姉様を信じて、クロードとリリアを止めていてくれた。
強いて悪いところをあげるとするなら、お母様の意見を聞かず、姉様が「兄の代わりに子供を産む事を望んでいる」と思い込んでしまっていた事くらいだろう。
正直、あの良き父親でありお母様にベタ惚れのディルクがお母様の意見を聞かないなんてあり得ないと思うが、そうしないと物語が進まないので、これはゲーム制作者側の横暴だ。制作者は潔く名乗りを挙げて私に処されてほしいと思う。
「そうですか…さすがに私も行かなきゃだめですね、それは」
「ん?あぁ、辛いだろうが話せるか?」
「もちろん、そこまで気にしてはいませんし大丈夫ですよ」
微笑みながら答えれば、兄様はホッと胸を撫で下ろして、「それなら良かった」と言葉にする。………相当心配していたようだ。まぁ、あんな脂ぎった男に襲われそうになれば、普通は今でも思い出して震えてしまうものなのだろう。
だが私の場合、あんな家畜以下虫以下の人間への恐怖より、ヨルを見つけられた喜びの方が勝っている。
………怖かった、という気持ちは、多少なりともあるけれど。
それでも楽しい事を無理矢理に思い出していれば、いつかは消えるだろう。
「父様に報告という事は、皇城に行くんですか?」
「あぁ。まだ仕事が残っているらしいが、随分お前の事が心配らしい。すぐに来いと騒いでいるみたいだぞ」
……そういえば、前世でも姉の帰りが遅くて父が心配だと騒いでいたっけ。どの世界でも娘を心配する父親というものは同じらしい。
懐かしいなぁ、と思い返していれば、ん?と何か違和感を感じた。
「…兄様、父様は今、何をしているんですか…?」
「?…仕事だろうな。まだ終わっていないのに騒いで、臣下達は慌てているんじゃないか?」
仕事…そう…皇帝は仕事をしているんだね。このまま皇城へ向かったら仕事中の皇帝と話す事になるよね…えっ、嫌なんだけども。
「き、今日の夜とかじゃ…ダメなんですか?」
私が焦ったように聞けば「…父上を止められると?」と返された。いや、でも、仕事中って事は確実にあの人いるよね。
父様は私や姉様に会う時、いつも一人だ。時々自分の近衛騎士を連れてくる時もあるが、それでも二人っきりか、家族だけの空間を作って話をしてくれる。兄様は立場上仕事中の父様に会う事も多いだろうけど、私はだいたい父様と会う時はリラックスできているのだ。
でも、仕事中の父様の隣には、あの女が、絶対にいる。
その才覚で数多の戦争からカタルシア帝国を救ってきた、カタルシア帝国初の女性の宰相。
──エミリー・フォーレス──
彼女がいなければ、今のカタルシア帝国はなかったと言っても良いかもしれない。カタルシアきっての天才。
そして、お母様がいなければ、父様と結婚していたかもしれない人だ。
しかも何故か私は嫌われているらしい。いつも会うと睨まれて、父様と話しているとことごとく邪魔をしてくる。正直言って会いたくない。
なんでわざわざ嫌われている人の所へ行かないといけなんだ!!
「……」
私が顔を俯けて黙りこめば、兄様は心配そうに私の肩に手を置いて、優しく名前を呼んでくれた。だが、ごめんよ兄様。今回は駄々を捏ねさせてもらう。
私はできる限りの息を吸って、叫んだ。
そしてその叫びを聞いて駆けつけてきたクレイグ、エスター、ブレイディ騎士団長に呆れられるのは、おそらく十秒後くらいの出来事だった。
お読みくださりありがとうございました。




