第百八十九話 無邪気に笑った
視点なしです。
自分にもこんなふうに涙を流してくれる人がいたんだと、リンクは思い出す。胸の中で涙を流し続ける幼馴染は、一体どれほど辛かったんだろうか。
父には兄を騎士にするために道具として利用されていた、道具としてしか見られていなかった。そんな現実を突きつけられて、心の拠り所なんて何もない状態でここに来た。
けれど、サーレはこんなにも泣いてくれている。それがどれほど自分の心の支えになっているのか、リンクはサーレを一生懸命抱きしめながら考えた。
思えば、サーレはいつでも側にいてくれていた。
初めて会った時から笑い合って、魔道具に興味を持った時には嬉しそうに話を聞いてくれて、落ち込んだ時には空気の読めない話で笑わせてくれて、兄がいなくなった時には突き放しても側にいてくれたのだ。リンクの短い人生において、サーレという少女は欠かせない存在だった。
「ごめん」
するりと出てくる言葉は正真正銘リンクの本音。自分にとってかけがえのない存在を蔑ろにしてしまった自分を責め立てて、心の底から謝るしかできなかった。
「謝ってほしいんじゃない…」
ぼそっと呟かれる言葉に苦笑いが溢れる。だったらどうすれば良いのか、今の自分の気持ちを表せる言葉を、リンクはこれ以上知らなかった。
「………「いってきます」なんて置き手紙残しておいて、再会した時の言葉、わかんない?」
鼻をすすりながら、真っ赤になった目元を隠す事なく見上げてきたサーレが、昔の泣き顔と重なる。けれど幾分も大人っぽくなったサーレに、なぜか心臓が締め付けられて、躊躇いながらも要求されたのだろう言葉を紡いでみた。
「た…ただいま…?」
「うん、おかえりなさい。リンク君」
ふわりと笑った表情は花の様で、今までに見たどの笑顔よりもリンクに安心感を与えていた。それと同時に感じるのは、心臓が大きく跳ねる感覚。
「?…なんで顔赤いの?」
「えっ…あ、いや、なんでもない!」
やっと涙が止まってくれたサーレから距離を取る。リンクが確認のために自分の顔に触ると、信じられないほど熱かった。
「リンク君…?」
不思議そうに首を傾げるサーレを見て、また心臓が締め付けられ思いっきり顔を逸らす。何を察してくれたのかサーレが「…でも、意外だったんだよ」と話を変えてくれた。
「意外?」
「そう。リンク君お母さんの事大好きだから、カタルシアに行くのすごく悩んだんじゃないかなって。でも、姫殿下と話してる時も含めて悩んでる素振りがなかったから、即決だったんだな〜って思って」
幼馴染に隠し事はできないらしい。そこまで見抜かれていると恥ずかしがる事もできず、リンクは正直に白状するため一つ息を吐き出した。
「…もちろん悩んだけど、一歩踏み出させてくれた人がいたんだ」
「…姫殿下?」
否定の意味を込めて首を振る。確かに引っ張り上げてくれたのはアステアだが、一歩を踏み出させてくれたのは、さきほども「大丈夫」だと声をかけ背中を支えてくれた人。
「第一皇女騎士団の騎士団長で、辛かった時に俺の気持ちを代弁してくれたんだ」
諦める事の辛さをわかってくれた人は、わかった上で声を上げてくれた人はあの人だけだった。それがどれほど救いになったか、どれほど背中を押してくれたか。あれほどまでに心を動かされ、掴み取られたのは初めてだった。
「……私にはできなかった事、だね…」
落ち込んだサーレの声を聞いて、リンクが俯き気味だった顔を上げる。
「…お前は俺の事わかってなかったよ。でも、どんなに突き放しても側にいてくれた。それは確かに、俺の支えになってた」
たとえ引っ張り上げてくれたのがアステアでも、一歩を踏み出させてくれたのがレイラでも、ここまで立っていられたのはサーレのおかげだとリンクは理解していた。否、自分のために泣いてくれたサーレを見てやっと理解したのだ。
「へへっ…リンク君に褒められたぁ…」
褒められるなんて滅多にないから、緩む顔を隠さずサーレが喜ぶ。リンクはそんなサーレを見てまた若干顔を赤くしながら、「こ、今度!」と声を張り上げた。
「今度は、ちゃんと正式な手段とって来いよ。新しくできた工房、見せてやる」
「!」
「アステア様は応援してくれてるんだ、俺の事。カタルシアの人も、俺の魔道具を使ってくれてる」
「うん…!」
自分の事の様に嬉しくなってサーレが頷けば、リンクはほっとした様に笑う。
「あ、そしたら騎士団長の人にも会わないとね!リンク君の気持ちを代弁してくれたお礼言わなきゃ!」
「やめろ!恥ずかしい!それにお前もう会ってるからな!」
「え!?いつ!?」
確かに第一皇女には挨拶したが、騎士団長とまで顔を合わせていただろうか。サーレはできる限り自分の記憶の中から探し出そうとするが、どうしても思い出せなかった。騎士団長なら屈強な男の人だろう。それこそヨルの様な洗練された雰囲気の人。そんな人、いただろうか。
「はぁ…わかった。今度来た時、挨拶させてもらえる様頼んでみるから…」
呆れながら肩を落としたリンクだが、その表情は笑っている。自分の気持ちを汲み取ってくれたリンクに、サーレは無邪気に笑った。
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