第百八十七話 私の執事はアンデッドだから
結局最後まで魔術師と交わす盟約の意味を知る事のなかったリディア伯爵が、レイラと第一皇女騎士団の面々によって拘束される。姉様が騎士団を貸してくれると言った時は少し遠慮したけど、やっぱり断らなくて良かった。リディア伯爵を牢まで連れて行くって言うクレイグの仕事が見事に減ってくれた。
そのままレイラは第二屋敷である白使宮に帰るらしいので、玄関まで感謝を込めて見送りをする。
「あの、一つ聞いても良いでしょうか」
レイラを見送った後、リディア伯爵が拘束されている最中一言も発しなかったリンクが聞いてきた。控えめに聞くところがあざとく見えるのは気のせいとして、リンクの言葉に頷いて返す。
「盟約の事をあまり知らなくて…」
「あぁ…まぁ知らない人も多いよね」
リディア伯爵がわからないという反応をした時、たぶん私は呆れた様な顔をしていたと思う。そのせいかリンクは私があっけなく仕方ないと言う姿を見て、口を開けっぱなしにしてしまった。
「長年伯爵家の当主を続けてきた事を踏まえた上で呆れただけで、まだ当主にもなってなかった子にそんな知識求めないよ」
「あまり知られてない事なんですか?」
「うーん…そこらへんどうなんでしょう、ブレイディ騎士団長」
できる限り息を殺して気配を消していたブレイディに話を振ってやれば、あからさまに嫌そうな顔をされた。それを横で笑うクレイグのなんと性格の悪い事か…。まぁ、話を振る私も大概だって話なんだけど。
「…魔術師の中でも高位の者しか盟約を交わす事はできないので、基本的に知っているのは貴族だけです。カタルシアでは絵本などで盟約の話が出てくる事がありますが、フィニーティスは比較的に知らない人間が多いと聞いています」
渋々と言った様子で答えてくれたブレイディに「そうなんですね」と頷くリンクに視線をやる。
「なんで高位の魔術師しかできないかわかる?」
「え?難しいからじゃないんですか?」
「それもあるけど、魔術師の盟約はある種一方的な契約なの」
契約というのは両方に得があって成立するものだ。けど、魔術師の盟約は全てが魔術師本意。魔術師が望んだものを支払う代わりに魔術師が盟約を結んであげる、という事だ。
「?…でも、それだと盟約を交わす人間になんの得があるんですか?」
「身体能力がアップしたり、運気が異常に上がったりとかかな。魔術師の魔力が流れ込む事が多いから、得する事は多いよ」
高位の魔術師にしか盟約が交わせないのは、流し込む分魔力が減るからだ。高位の魔術師なら魔力コントロールが上手かったり、魔力を異常に持っている事が多いので、盟約相手に魔力を流し込み続けても枯渇させる事がない。
「リディア伯爵の場合はクレイグが魔力の流し込みを強制的に0にしてるから、なんの得もない約束を守らせるためだけの盟約ね」
「なるほど…クレイグさんってすごいんですね…」
あまり興味がないのか譫言の様にリンクがクレイグを褒める。
褒められたので一応「ありがとうございます」と会釈したクレイグに、リンクは「こちらこそありがとうございます」と返した。
「これなら父が罰を破る事がないので、安心しました」
譫言に言ってた時、もしかして安心してたのか。息子からの信用ゼロだな、リディア伯爵。
「………リンク」
「?」
「サーレは二階でゆっくりしてるから、話すなら今だよ」
だけど信用も信頼もしてなくても、親は親だ。自分に見向きもしていなかったのだという事を目の当たりにしてダメージを受けなかったとは思えない。なるべくわかりやすい様に誘導してやれば、リンクは目を見開いた後に頭を下げた。
「ありがとうございました」
一言そう言うとすぐに背を向けて二階へ続く階段の方へ駆け足で向かっていく。ひらひらと手を振って見送ってやれば、「大切にしているんですね」と言う声が聞こえた。
「もちろん。大事な魔道具士ですから」
「それなら全て教えてやれば良かったのでは?父親が交わした盟約なのですから、知る権利はあったでしょう」
いつも必要最低限の事しか言わないブレイディにしてはよく喋る。けど、全部話してリンクに少しでもリディア伯爵への同情心なんて芽生えたら嫌だから、絶対言うつもりはないよ。
魔術師との盟約の本質は、魔術師から得られる加護だって事を。
その加護は魔術師によって様々で、時にはわかりやすくシールドが体を覆う事もあれば、魔術師が使う魔術を一時的に使う事ができる場合もある。だから魔術師と盟約を結びたがる人間が後を断つ事がないのだ。
けど、だけどさ、私の執事はアンデッドだから。
「魔物の加護を受けていると知ったら、どんな顔をするんでしょうね」
思わずニヤけそうになる口元を手で覆う。騎士として誇りを持ち続けている男が、同格の騎士団長に完全否定されて、剰え駆逐すべき魔物の加護を受けていると知ったら。絶望なんてものでは済まないかもしれない。
早く知ってほしいと思うと同時に、ずっと知らないままでも面白いなと思い笑っていると、ブレイディが小さく言葉を溢した。
「悪魔よりも質が悪いですね」
「害はありませんよ、何もしなければ」
すぐに言葉を返して笑いかけてやれば、ブレイディはいつも通り嫌そうな顔をして、無口な男に戻ってしまったのだった。
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