第十八話 だけど、だけどなぁ…
今現在、私はエスターと一緒にカタルシアへ帰る馬車に乗っていた。クレイグはブレイディ騎士団長の馬車に乗らせてもらっていて、馬車の中には私とエスターだけだ。
「…アステア様、本当によろしいのですか?」
過ぎ去る風景をつまらなさそうに見ていた私に、エスターが呟く。
「アレは…おそらく危険なものです」
美人は怒ると怖いらしいが、今のエスターはどちらかと言えば泣き出してしまいそうだ。
例えるなら心底主人を心配して、弱々しく鳴く子犬と言った所だろうか。
「…どうしてそう思うの?」
「それは………勘としか、言いようがありませんが…」
「獣人の勘は鋭いっていうもんね。でも、それが必ずしも当たるとは限らない」
「そう、ですが…」
いつもなら可愛らしい獣耳が垂れてしまった瞬間に抱きしめるくらいするのだが、今回ばかりはそうもいかない。
エスターが言っているのは確実に「ヨル」の事だろう。名前を教えてくれる気がないから勝手につけたが、我ながら良い名前だと思う。……安直だという意見は断固として聞き入れる気はない。
「エスター、ヨルはこれから私の近衛騎士になるんだよ?苦手でもちゃんと折り合いをつけなきゃやってけないぞ〜」
「それです!なぜ近衛騎士なんですか!?今までは面倒だからと皇帝陛下に言われても断っていたのに!」
グスッと鼻を啜る音が聞こえたのは幻聴ではないだろう。
……もしかしてこれは、嫉妬か何かなのか?確かにエスターは獣人で身体能力がずば抜けている。しかも、あのクレイグが日々扱き上げているのだ。護身術など諸々の事も完璧だろう。
だけど、だけどなぁ……。
「う〜ん…そこまで特別な意味はないけど、強いて言うならエスターのその忠誠心だよ」
「ッ!」
「私の事好きでいてくれてるのは嬉しいし可愛いけど、ダメなんだよね。背負いきれない」
人の感情っていうのは酷く重たいものだ。
受け流すのは楽でも、背負うとなれば話は別。人の上に立つべくして生まれた兄様や姉様のような性格でもない私が、ましてや精神的には元庶民が、そんな事をして良いはずが無い。
加えて近衛騎士は忠誠心の塊みたいな存在だ。エスターが近衛騎士になって、今以上に私に忠誠を捧げてしまえば、私はきっと押しつぶされるか、面倒になるかの二択しかなくなってしまうだろう。そんなの御免だ。
私は可愛いエスターを純粋に可愛がりたいんだから。
「…では、あの男はどうだと言うんですか」
拗ねてしまったらしいエスターに苦笑いをして、ヨルの顔を思い出す。
「何かさせてくれ」と申し訳なさそうに呟いた王太子からもらった数台の馬車の一台に乗っているあの男は、たぶん大丈夫な部類に入る人だ。
「忠誠心なんて持ち合わせてなさそうだもん」
私の咄嗟のお願いに乗ってくれたあたり、賭けも好きなのだろう。
「フラフラしてるくらいが私には丁度いいよ。そろそろ父様も本気でお堅い所から私の近衛騎士を選びそうな雰囲気だったし、タイミング良かっただけ」
「でも!探せばいくらでもいるでしょう!」
「いないよ」
即答すれば、エスターの大きな瞳がこれでもかと言うほど見開かれた。
「あぁいう人は、探そうと思って探しても現れてくれない貴重な人だよ。見つけた時に捕まえとかなきゃ、ね?」
私が首を傾げて同意を求めれば、エスターはなぜか下を向いてしまう。
「貴重……あの男は、アステア様にとって貴重なんですか?」
その問いの意味がわからず、とりあえず「そうだね…?」と曖昧な返事をしてみれば、エスターは勢いよく顔を上げた。
「そうですか!わかりました!頑張ってみます!」
「え?あ、うん、頑張って?」
何を頑張るんだ何を。大事な主語が抜けてるぞ。
「アステア様がお望みなら私は問題ないですからね!頑張って仲良くしてみます!」
あ、そういう事ですか…。仲良くしてくれるのは喜ばしい事だよ。
私は「でも仲良くってどうやってするんですかね?」と首を傾げるエスターの頭を撫でると、思わずニヤけそうになる口をどうにか抑えて、「自然体でいいよ」と助言をした。
やっぱり可愛いは正義だ。
───
「…盗み聞きは良くないのではないか、クレイグ殿」
静かな馬車の中に現れた呟きは、目を閉じ馬車の揺れに身を任せていたクレイグの耳にすんなりと入ってきた。
「おや、バレてしまいましたか」
「……」
「そんな怖い顔をなさらないでください。私はただ心配なだけですよ」
「心配だというだけで主人の話を盗み聞きするのはどうなんだ」
珍しく口数が多いブレイディに、クレイグは笑みを深くして「本当に心配なだけですよ」と再度面白そうに言葉にした。
「野良犬の牙を抜いてしまったくせにどの口が言うのか、とね」
クレイグの言葉にブレイディはただ一言、「…抜かれただけだろう」と答えた。
「えぇ、そうですとも。牙なんていくらでも加工できますから。面白おかしく、もしかしたらメイドの形になんてなっているかもしれませんねぇ」
何が面白いのかクスクスと笑う執事を見て、ブレイディは端から関わる気などなかったらしく、返事をする事はなかった。
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