第百七十九話 なんでわかってくれない
リンク寄りの視点なしです。
窓にボツボツと音を立てて当たりを強くしている雨粒に、顔が歪んで映る。リンクは第三屋敷、つまりアステアの屋敷の広間の、二階の奥に隠れていた。今日この日までリンクは父との接触を固く禁じられており、これから広間に父が来ると言われてもなんだか実感が湧かないのが本音だ。けれど、自分の才能を見抜いてしまったアステアが言うのだから間違いないのだろう。これから何が起こるかは分からないが、リンクは騎士として学んだ全てのものを生かして、そっと息を潜めた。
バンッ──
その時だ。扉を勢いよく開け、満面の笑みの男がズカズカと遠慮もなく広間の中心に立った。広間は突き抜け式になっているため、男は一階、自分をここに隠したアステアは二階の階段上にいるのだろうと予想したリンクは、全体が見えるように少し体を捻り、狭い視界の中でなんとかアステアと男の姿を確認した。
あぁ、本物だ。
本当に、父の姿がそこにある。自分から全てを取り上げようとしていた父が、そこにいる。リンクは握り潰されるように痛くなった心臓を押さえ、にこりと微笑んで見せたアステアの言葉を待った。
「よくお越しくださいました。お客様」
「リンクに会わせていただけるとは本当ですか!?さぁ、早く会わせてください!!」
アステアの挨拶にすら返す事をしない父は、どこか焦っているようにも見える。自分を見ようともしていなかった父に会いたいと言われるのは不思議な気分だな、と他人事のように思いリンクは目を見開く。焦っている姿など見た事はない。そんな顔をさせる事のできているアステアは、なんと凄いのだろう。
「………先に、リンクに会いたい理由を明確にしたのですが」
「そんなのお分かりでしょう!」
声を張り上げる姿は自信に満ちていて、だから話す事も億劫になるのだとリンクは思う。何を言っても通用しない、言葉が届かない、そう思うたびに口が重くなり、希望を捨てられてもうまく言葉が出なくなる。否定しないでほしい、自分を見てほしい、幼少の頃のリンクが思っていた事などその程度だったが、それすらも伝わっていなかった。
だから、この瞬間答える事だってきっと決まっている。
──リンクを当主として連れ戻すためです!──
「リアンの才能を潰さないためです!」
予想していた言葉と、概ね同じ。けれど、それは想像していたよりもずっと重くリンクの心にのしかかってきた。
才能とは、確かに兄であるリアンにもあった。騎士としての才能が。けれどだったら自分にはなんの才能もないと言うのか。
違う、あるんだ。自分にだって人に認められるだけの才能が。国の皇帝にも認めてもらえた、宰相には将来を期待された、自分を見つけてくれた人には凄いと、魔道具士にならないかと言ってもらえた。
なのに、なのに、なのに!
なんでわかってくれないんだ!
鼻の奥がツンと痛くなる。涙は出ないのに、心の内に重い鉛が溜まっていって今すぐ吐き出したくなった。
これだったら、予想していた言葉を聞いて落胆する方がよっぽど良かった。あくまで連れ戻しに来たと、そう言ってくれればどれほどマシなのか。何もかも兄優先、自分は兄を騎士にするための道具でしかないのだ、父にとっては。蹲ってしまいたい。もうこれ以上、聴き慣れた声を聞きたくない。
「さぁ!今すぐに!」
けれど、張り上げられた声は嫌が応にも耳に入って来て、心を蝕んでいく。
時間が長く感じられるなんて今までにいくらでもあったが、これほどまでに「早く終わってくれ」と願った事はなかった。この光景を見たくなくてリンクが目を瞑りそうになった時、張り上げられた声を抜けて入って来たのは、リンクを見つけた主人の声。
「リンクにも、才能はありますよ」
それは澄んでいるように聞こえるが、彼女を知っている者からすれば怒りしか感じられないほどに気持ちの籠もった声だった。けれど哀れな事に、会話をしている相手は何も知らない。首を傾げながら「才能?」と聞き返す姿がいかに愚かか、本人だけがわかっていないのだ。
「リンクになんの才能があると言うのですか?確かに手先は器用ですが、騎士として磨くのは剣です。何もわかっていない奴ですよ、あの馬鹿息子は!」
騎士の師として、何も間違った事は言っていない。けれど、一人の息子を持つ父としては最低な言葉。
そうか、父にとっては手先が器用だと言う認識なのか。カタルシアではあんなにも評価してくれる人がいるのに、認めて欲しいと願っていた人にはなんの価値もない事なのだ。
聞きたくないと悲鳴を上げる心は、リンクがいかに父に認められたかったのか、一人の息子として見てもらいたかったのかがよくわかる。思わず歪んだリンクの顔は、先ほど見た、窓についた水滴に映った顔とよく似ていた。
「親としてクズすぎる…いや、知ってたけど」
張り上げた声だけが響いていた空間に、呆れた声が割って入った。
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