第百七十二話 花を愛でる
「ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、デーヴィドは笑顔で「どういたしまして」と答えてくれる。結果を言ってしまえば、私の企てになんら変更を加える必要はないとわかった。騎士の精神、それを教える人から「問題はない」と言われたのだ。
だが会いにきた理由である協力という面では、やんわりと拒否された。教えはくれたけれど、やはり騎士として何も知らない相手に非道な事はできないと言われてしまい、教え子の心を抉る様な話をした人とは思えない言い草だけど、無理強いをするつもりはなかったので潔く引き下がった。
「帰りもライアンに案内をさせましょう」
私が早々に帰りたいと思っている事を察したのか、デーヴィドはマシューの介護をしていたライアンを近くへ呼ぶ。よほどマシューが心配なのかライアンは帰りの案内を渋ったが、まぁデーヴィドに反論できるはずもなく、少しの不満を残して部屋の扉を開けた。
「すみません、少し強くしすぎたみたい…」
ここまで心配するという事は大切な友人なんだろう。少し忍びなくなって謝れば、ライアンは綺麗な所作で振り返った。
「大丈夫です。先生が仕掛けた事とはいえ、先に無礼をしてしまったのは私達の方ですから」
「そうですか?それなら良いのですが…」
遠慮されると罪悪感が募るのはなぜなんだろうか…。クレイグに目配せすると素知らぬ顔を返されたので、これ以上は何も言うまいと口を結ぶだけに留める事にした。クレイグがドジをするとは思えないし、少しすれば回復するよね…。
「………あの、もしよろしければ学園内を見てみませんか?良い気分転換になると思いますよ」
「えっ」
な、なんて良い子なんだライアン!!大事な友達に危害を加えられたはずなのに、罪悪感が募っている私を気遣うなんて!!
もしライアンが騎士として出てきたら援助しよう、そうしよう。生徒会長なら将来有望だろうし、この真っ直ぐな優しさを曲げちゃいかん!!
「ありがとうございます。…では、どこか案内していただけますか?」
心温まる優しさに身を投げてみると、ライアンは笑って「庭園がおすすめなんです」と教えてくれた。………笑顔が眩しいって言葉をこういう時に使うって初めて知ったよ…。
───
曰くライアンの案内によって足を踏み込んだ庭園は、学園内で唯一デーヴィドがこだわりを貫いた場所らしい。
「例えばこの白い花は「不屈の精神」という花言葉を持っていて、あっちに咲いている青い花は「正義」が花言葉なんです。先生、花が好きなので、生徒が花を踏みでもしたら怒鳴っちゃうくらいなんですよ」
クスクスと笑う姿は慈愛に満ちていて、本当にデーヴィドを尊敬しているのだと確信できる。花を愛でるなんて、最近身の回りで色々な事が起こりすぎて全くできていなかった。まぁ、色々な場所に行っているから、その場その場で花を見る機会は必ずあるんだけど。
一つ一つ丁寧に花言葉を教えてくれるライアンに頷きながら、後ろで退屈そうにしているリンクを一瞥する。クレイグは仕事柄屋敷に飾る花だったり贈り物だったりと触れる機会が多いけど、リンクは愛でる事なんでまずなさそうだからなぁ。
小さな笑いが溢れてしまって、つまらなさそうにしているのがバレている事に気づいたリンクは若干の苦笑いを浮かべた。
「!…ライアン、あの花は…」
リンクの後ろに咲き誇っている紫の薔薇。思わず目に止まってしまったその美しさには、どこか既視感があった。紫の薔薇なんてあまり見るものでもないし、見るとしたら父様と母様の結婚記念日くらいなのに…。
そこでまた目に止まる、いや、耳に止まる音を拾った。それはライアンも同じだった様で、少し嫌そうな顔をしている事に目を見開く。ら、ライアン、さっきの笑顔はどしたの。
「…すみません。もしかしたら生徒がいるかもしれないので見てきても良いでしょうか」
少し早い速度で紡がれた言葉に、私は音もなくコクコクと頷いて見せた。先ほど耳に止まった音は草木が揺れるものだったので、ライアンは庭園の奥で生徒がサボっていると思ったんだろう。
怒ってるライアン、こっわい…。伊達に生徒会長やってないって事っすね…。
上手く草花を避けて庭園の奥へ進んで行ったライアンを見送り、私は暇になってしまったので近くの花々を眺める事にした。
リンクはもうすでに帰りたいオーラが出始めているけど、私やクレイグがいる手前言い出せずにもじもじしている。
「すぐ帰るからちょっと待ってね」
「!…す、すいません…」
やっぱり花を愛でる事は性に合っていない様なので、とりあえず「魔道具のデザインとか考えてみたら?」と花を指差しながら時間を潰す助言を一つ。素直に従って考え始めるリンクが可愛くて、少し風が出てきたからとどこから出したかもわからないストールをクレイグから受け取ると、私も花の観賞を再開させた。
お読みくださりありがとうございました。




