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第百七十一話 この世の誰よりも

私の言葉に笑みを深めた男は、意識がはっきりとしていないマシューに歩み寄ると一言だけ「ご苦労様」と囁いた。すると驚く事にマシューの体から薄い布が滑り落ちていく様な幻覚が見え、次の瞬間にはマシューと呼ばれた大男は年若いふくよかな男子学生へと姿を変えていた。姿を変える魔道具か…?いや、そんなもの下手したら国宝にまでなる代物だ。なら、単純な魔術か。それならクレイグが呆れた顔をしていたのも頷けるかもしれない。


「そちらの御仁には早くに気づかれてしまった様だ。私もまだまだという事かな」


クスクスと笑う姿は女性の様な艶やかさを持っているけれど、どこか男っぽさもあって不思議な感じがする。


「マシューが生徒なら、貴方が学園長という事であっているのでしょうか」

「えぇ、お言葉の通りイージスナイトカレッジの学園長を努めているのは私です」


素直に答えるところを見て、マシューやライアンはこの人に付き合わされただけなのだと悟る。マシューが学園長に扮していたのは、この人の単なる遊びだったんだろう。


「お名前をお聞きしても?」

「あぁ、申し遅れました。私、デーヴィド・ボールドウィンと申します」

「デーヴィド…」


当たり前に聞き馴染みのないその名前は、けれど聞き覚えがある様な気がした。クロスに出てきてたわけではないし、どこで聞いたのか…。


「あの、父の騎士は貴方で合っているんですよね?」


答えを得られなかった問いを再度投げかけると、デーヴィドはゆっくりと頷いて見せた。父様の騎士、デーヴィド、どこだろう。どこかで確かに聞いた事があるはずなのに思い出せない。

私は知らず知らずのうちに眉間に皺を寄せる。こうやって思い出せずにむず痒い思いをするのは嫌いだ。


「アステア姫?」

「すみません…なんでもありません…」


私の顔が曇った事で首を傾げたデーヴィドに謝罪をしてから、まぁ今はどうでも良いかと水に流す。それより大事なのは本題だ。

私はデーヴィドを早々にソファへ座る様促すと、その目を見据えて言い放った。


「初めてお会いしたばかりで不躾なのは重々承知の上ですが、騎士の鼻っ柱を折るには何が一番効果的でしょうか?」


まさか父様の騎士が学園長をしているとは思っていなかったが、これはこれで好都合。もう色々と企ててはいるけど、きっとデーヴィドに意見をもらった方が確実だ。今まで数え切れないほどの騎士を見てきただろうから。

デーヴィドは数拍置いてから、「そうですね」と頷いた。


「人それぞれだと言ってしまえばお終いですが、強いていうならその騎士が持っている矜恃を知る事ができれば容易いかと」

「矜恃…?」

「えぇ。ライアンならば芯の通った剣術ゆえの純粋なまでの騎士精神。これは圧倒的な悪に屈する事はありませんが、内側から壊してしまえば案外脆いものです」


本人目の前にしてよく言うな…。

未だにぐわんぐわんと頭を回しているマシューを抱えているライアンは、塞ぎたいであろう耳に手を当てる事もできずデーヴィドから紡がれた言葉をもろに受け止めていた。


「マシューならばもっと簡単でしょう。罵詈雑言を吐き続ければ塞ぎ込んでお終い。一生を下向きなままで過ごす事になる」


その言葉だけでマシューがどんな子かわかった様な気がする。というか、そんな子に学園長を演じさせようとしたデーヴィドはなかなかに酷い人なのかもしれない。


「まぁ、この様に様々なのです。それで、その鼻っ柱を叩き折りたい相手はどんな騎士なのですか?」


デーヴィドの問いに、私は俯いて考えてみる。

まず、息子の事を考えていなくて、実力がある故に戦場にばかり身を置いていて礼儀知らず、大声が煩くて、妻からの助言の一切を耳に入れていない様に見える。挙げ句の果てには貴族の悪いところも持ち合わせている男。しかも私の大事な大事な魔道具士の才能を潰そうとしている真っ最中だ。


「………一言で言えば、周りが見えていない暴走列車、でしょうか」


一応初対面なので言葉をオブラートに包んでみる。後ろに立っているリンクが何を思ったのか口を結んで俯いてしまったが、事実である事には変わりないので見て見ぬふりをしておこう。


「暴走列車ですか。ならば熱のある方なのでしょうね。ですがそれでは些かわかりにくい。もしよろしければ、何を大切にしているのかお教えくださいますか?」


なんて大人な返しだろうか。私だったら「わかりにくい、もっとわかりやすく話してくれる?」と言ってしまう場面なはずなのに、デーヴィドは至って笑顔で優しい言葉を並べてくれる。私は一つ頷いてから、思い出したくもないフード男の事を思い浮かべてみた。


「あ、一つあります」


それは何かと先を促すデーヴィドに、促されるまま言葉を紡ぐ。


「騎士としての才能、そして剣の才能に、何より魅入ってしまっている人かもしれません」


もっと言ってしまえば、この世の誰よりも。

お読みくださりありがとうございました。

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