第十七話 不敵に笑いやがった
アステアを助けたダーフエルフ視点です。
「あー…しくった…」
呟かれた言葉は冷たい地下牢の床に跳ね返され、誰もいない地下牢に反響する。暇を持て余していたからと言って、義父と賭けなんてしなければ良かった。
俺を鎖に繋いで高笑いをするデブ男の顔はなかなかに笑えたが、醜いものを見続けると精神が荒んでくるもので。
そろそろ逃げようとしていたはずだったのに……。
──あの!私を庇ってくれませんか?──
名前も知らねぇ嬢ちゃん相手になーんでテンション上がっちまったかなぁ…。
いや、結局は面白いもんは見れたから満足っちゃ満足だが、あの狸親父め、何を勘づいたか俺に拘束具をつけてから牢にぶち込みやがった。
鎖だったらいくらでも手はあるが、身一つじゃ流石に王宮お抱えの魔術師どもが丹精込めて作った拘束具から抜け出す事はできねぇ。
「クッソ…あのクソ国王今度会ったらシメる」
「それは怖いな。出すのをやめようか」
自分の声に返された言葉を聞いて、牢の外を睨み付ける。
「ハッ、偉大な国王陛下がこんなところになんのようだ?アァ、国民の不満買ってギロチンか?」
ちょっかい程度の挑発をしてみれば、国の王はただ笑って、隣に立っている魔術師の怒りを宥めていた。
………魔術師の魔術のせいで気配に気付けなかったのか。悪趣味な事しやがる。
「お前の飼い主が決まったから教えに来てやっただけだ。良かったな、見目麗しい姫君が名乗りを上げてくれたぞ」
見目麗しい、と聞いて思い出すのは昨日会った嬢ちゃん。小綺麗な格好をして、まだ子供のはずなのに俺を楽しませてくれた面白い子供だ。だが、飼い主ってのはどういう事だ。いくら面白くたって、俺は飼われる気なんてねぇぞ。
「へぇ、その姫さんの喉元を噛み切れば、アンタの顔に泥くらいはつくか?」
「……戦争になるだろうな。というか、私はお前にそこまで嫌われる事をした記憶がないんだが?」
「雰囲気、顔、喋り方、態度、俺への対応、その目線、嫌いだぜ?」
「それはどうしようもないな」
そう言って笑って見せたクソ王に舌打ちをする。
この国にはデブ男みてぇな馬鹿で不細工な奴と、俺の神経逆撫でする奴しかいねぇのか?最悪だな。
「まぁ良い。姫君が首を長くしてお待ちだ」
さっさと出ろ、と続けられた言葉を聞いて、どこにいたのかもわからない牢の番である新兵が顔を出した。
「オウサマが来てさぼれなくなっちまったなぁ?」
「ッ!黙って立て!」
最後にちょっかいかけてやろうと思って声をかければ殴られる。
手が早い奴らしい。
新兵の行動を見て顔を少しだけ顰めたオウサマは、それでも笑みを崩さずに、牢から連れ出される俺の背中に言葉を投げた。
「お前の減らず口もあの姫君の前では長くは持たんのだろうな。せいぜい惚れ込まないように気をつける事だ」
その呟きに言葉を返す事は、面倒なのでしなかった。
───
俺の飼い主ってのは、やっぱりあの嬢ちゃんだった。
「初めまして。貴方の名前を教えてもらえますか?」
そう問うてくるので、適当に「ない」と答える。
嬢ちゃんの後ろに控えてたメイドはそれが気に入らなかったらしく、多少眉間に皺を寄せる。ここで怒鳴ったり、あからさまに態度を悪くしないあたり、嬢ちゃんの躾が行き届いてるってところか。
「ない?…あ、名前はまだない、みたいな?それなら付けても問題ないよね?」
………てっきりメイドと似たような反応をすると思っていた嬢ちゃんは、なぜか上機嫌になった。
「そうだなぁ、綺麗な名前が良いな。クレイグ、どんな名前が良いと思う?」
嬢ちゃんがメイド同様、後ろに控えていた執事に聞く。
人の匂いがしない変な爺さんだ。
「なんでもよろしいのでは?彼の所有権はアステア様にありますから」
所有権、という言葉と、アステア、という言葉。おそらくアステアは嬢ちゃんの名前なんだろうが、所有権ってのは聞き捨てならねぇぜ。
「おい、俺は嬢ちゃんのもんになった覚えはねぇぞ」
声を低くして言えば、大抵のやつはビビって逃げる。それくらいに俺の声と見た目っていうのは圧があるらしいが、目の前の嬢ちゃんはどこ吹く風だ。
「貴方が私のものになった覚えもないですよ。クレイグ!変な事言わないの!」
「ですが、そういう事になっておりますよ?」
「それは書類上ですぅ!帰ったらさっさと立場与えて変えるんだから!」
拗ねたように言った嬢ちゃんは、年相応に見えなくもない。が、それでもどこか掴めない雰囲気があった。
俺が黙って成り行きを眺めていれば、嬢ちゃんは「あっ!」と何か思いついた様子で満面の笑みを浮かべた。
「もうそのままにしちゃうとかは?こっちじゃ名前として使われる事なんてないだろうし!」
ウキウキって効果音がお似合いの喜びっぷりだ。
嬉しそうに俺の目の前まで歩いてきた嬢ちゃんを見下ろす。
「これからは近衛騎士として私を守ってくださいね、“ヨル”」
俺を見上げるお綺麗な顔の口から放たれた言葉を頭の中で反復して、俺は思わず声を出した。
「……………は?」
嬢ちゃんは、不敵に笑いやがった。
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