第百六十九話 これは絶対違う
兄様曰く、カタルシアにはいくつか騎士を養成する学校があるそうで。
カタルシアの騎士を始め、騎士としての才能がある人間は積極的に受け入れているためなかなかに有名らしい。加えて名門と呼ばれているイージスナイトカレッジの卒業生には現皇太子、つまりは兄様の騎士であるブレイディ騎士団長もいるので、兄様自身もよく訪れているそうだ。
「なんで騎士学校なんですか?」
窓から差し込む日が眩しくて目を閉じていると、目の前に座っているリンクが聞いて来た。なんで、と聞かれても、私も父様に行けと言われただけだからなぁ…。
「父様って、騎士団は持ってるけど形だけなんだよね」
「?」
「もちろん騎士としてすごい人ばっかりだけど、父様が選んだ騎士はただ唯一、騎士団長だけなんだって」
「そうなんですか…」
質問に答えていないけど頷いてくれたリンクに安心しつつ、「そんな人に会いに行くのに、サプライズもなしだと思う?」と聞いてみる。するとリンクは少し考えた末に「何もないわけないですね」と答えた。
シャーチクを国民に配るなんて重大な事を献上するまで私達にも知らせなかった父様だ。リンクもすでにどんな人か予想できているんだろう。
「さ、そろそろ着くよ」
強い日差しに邪魔されながらも見えて来た城のような建物。近づいていけば門が見えて、そこには確かに「イージスナイトカレッジ」の文字が刻まれていた。
───
「生徒一同を代表しましてご挨拶申し上げます。ようこそお越しくださいました、カタルシア帝国アステア・カタルシア・ランドルク第二皇女殿下」
長い長い、もうアステア姫殿下とか短縮して良いから。
なんていう素直な心は顔には出さず、一つ笑顔で頷く。すると私を出迎えてくれた生徒は顔を上げ、にこりと笑って見せた。おぉ、綺麗な笑顔。
「生徒会長のライアンと申します。あまり人目に触れたくはないとの事でしたので、案内は私一人がさせていただく事になりました」
姓がないのは平民だからか?実力主義の騎士学校は貴族でも皇族でも特別視されないっていうのは本当なんだな。
「そうなのですね、わかりました。頼りにしていますよ、ライアン」
まぁ、外部の人間である私には関係ない事なんだけども。
早く父様の騎士に会いたくて案内をそれとなく急かせば、ライアンは私の後ろに立っているリンクを一瞥する。クレイグには目もくれていないけど、見向きもされていないクレイグが楽しそうだから嫌な予感しかしなかった。
「第二皇女殿下、質問する事を許可いただけますか?」
「…良いですよ」
「ありがとうございます。第二皇女殿下の騎士は一人だけだとお聞きしましたが…新しい近衛騎士が来られたのですか?」
細められた瞳は何を捉えたのか。にこやかな笑顔の隙間から見え隠れしているのは単なる好奇なんかじゃないはずだ。
話の中心人物であるリンクは驚いた様に目を見開いて、それから何もない事をアピールするためか両手を上げて見せていた。
「彼は私専属の職人です。剣の心得がありますから、護衛にでもなるかと連れてきたんです」
「それにしては随分と身のこなしが…いえ、詮索するのは野暮というのもですか。分を弁えず申し訳ありません」
頭を下げる動作がなぜかわざとらしく見える。気に入らないけど、フード男に剣術を仕込まれているリンクの腕前は相当なものだろう。それを必要としているわけではないから興味なんてないが、こうして見破られるなんて思ってもみなかった。ちょっと、警戒した方がいい子なのかな?
笑顔の下に何を隠しているかなんて、一目で見抜けるはずかないから。
私は少し警戒を強めながらも、ライアンの後に続いた。どうやら今は授業中らしく廊下には講師達の声と、運動場から聞こえてくる生徒の声が響いている。所々汗臭い場所があるのは騎士学校ゆえなのか…女の子も在籍してるって聞いたけど、私が潔癖すぎるだけなのかな…。
初めての場所に頭の中はまとまらない思考ばかりが広がって、バレない様に周りを見渡す。すると私が窓の外を眺めていた時、ライアンが振り返った。
「ここが学園長室になります…第二皇女殿下?」
「え!?あ、は、はい…」
挙動不審になりそうなところをなんとか抑えて返事をすれば、ライアンは少し首を傾げながらも学園長室のドアを叩いた。耳に心地良いコンコンッという音が響いた少し後、低い声で「どうぞ」という言葉が聞こえてくる。
ライアンはその言葉を聞くとすぐに学園長室の扉を開いた。
「アステア・カタルシア・ランドルク第二皇女殿下をお連れしました」
ライアンの声と共に顔を上げこちらを見つめたのは、大きな体をした大男。騎士学校の学園長ならこれくらいの巨体をしていても不思議ではないし、筋骨隆々の男が出てきてもおかしくはないと思ったけど…。
なんとなく直感で、これは絶対違う、と思った。理由は自分でもわからんけども。
お読みくださりありがとうございました。




