第百六十七話 心配はしていない
途中から視点なしです。
「父様!会いにきました!」
「よく来た娘よ!!」
なんともハイテンションなノリで扉を開けると、もう一段階高いテンションで返されて「さすが父様!」と心の中で讃える。まぁ、その隣にいた怖い宰相様に睨まれたので渋々大人しく椅子に座ったけど。
「お前から会いにくるなんて珍しいな」
「一応フォーレス侯爵に手配はしたんですが、聞きませんでしたか?」
「執事の方から連絡はありました。皇帝陛下はお知らせせずとも受け入れられるかと思いまして」
エミリーの言葉に父様が豪快に笑う。私が会いに来た事で機嫌が良くなっているのか、父様の口角は上がりっぱなしだ。
「従者はどうした?一人なのか?」
「各々仕事を任せているので。それより、父様に聞きたい事があって来たんです」
娘パワー全開で笑いかけると、父様の表情は簡単に崩れてくれる。エミリーは早く仕事に戻りたい様で、「ゴホンッ」とわざとらしく咳払いをして見せていた。ハイハイ、さっさと終わらせますよ。
「カタルシアの騎士のレベル、正直に言ってどれほどですか?」
聞きたかった事を単刀直入に問いかける。父様は目を見開いて、それからすぐに「トップだ」と答えた。
「私が保証しよう。カタルシアの騎士はトップだよ」
「並ぶ国はありますか?」
「ない」
即答ばかりで笑ってしまう。私は納得した事を示す様に頷いて、それからまた「では、これはお願いなんですが…」と言葉を続けた。
「父様の騎士団長に会わせていただけませんか?」
普段は滅多にお目にかかれない…というか、見た事のある人間の方が少ないのではないだろうか。現に私だって、父様の騎士団とは何度か会った事があるが、騎士団長とは一度も顔を合わせた事がない。まぁ気にもしていなかったし、皇帝に騎士団長がいないなんて事はあり得ないから存在する事は知っていたのだけど。
私がこんな事を父様に言うなんて初めての事に近いので、案の定父様は驚いた顔をしていた。
「会いたいのか…?」
「協力してほしい事があって…お願いをする時は直接言った方が誠意が伝わるでしょう?」
「あぁ…まぁそうだな。いや、珍しい事の連続で驚いた」
別に隠しているわけではなさそうなので一安心。
驚いた表情からみるみるうちに考え事をしている時の表情に変わったので、私は一旦喋る事をやめ、父様の言葉を待った。
「……会わせるのは良いが、何をするつもりだ?」
少し真面目なトーンの父様を見て元々話すつもりだった私はにこりと笑いかけた。
「なかなかにうるさい大声が気に入らないので、とりあえず一生私の周りをうろつけない様にしたいと思いまして」
名前を出さずとも私が誰の事を言ったのか察したのだろう。父様はまた豪快に笑っていた。エミリーは我関せずを貫いているけど、その表情は言わずもがな、呆れ一色だ。
「良いだろう!手配をしておくから少し待っていなさい」
「ありがとうございます」
「他に何かする事はあるか?私の騎士だけで足りるのなら良いが…」
「あぁ、いえ、もう手配は済んでいるので」
そうなのか?と首を傾げる父様に比べ、エミリーの眉間の皺は深くなる一方だ。一応迷惑をかけない様頑張るから、もう少し気持ちを隠す努力をしてほしいもんだよ…。
「快諾してくれると思います」
心配そうに、「本当に手伝う事はないのか?」と聞いてくる父様に笑顔で答える。そろそろ手紙を託したエスターとリンクがついている頃だろうか。まぁ、心配はしていない。
あとの二人は、私の大好きな姉様と、私を大好きな兄様の騎士なんだから。
───
目を通した手紙の一文、レイラは思わず眉間に皺を寄せ、目の前で首を傾げている主人に「アステア様は何を考えているのでしょう」と問うてしまった。
「アステアの頭の中は誰にも覗けないわよ。何か嫌な事でも書いてあったの?」
「いえ…」
手紙には美しい文字が並んでいる。内容には不快感を覚えているが、それはアステアへ向けられたものでは決してないのだ。
「………申し出の時間に少々お暇をいただいてもよろしいでしょうか」
「もちろんよ。あの子の力になってあげてね」
多少の苦手意識がないと言えば嘘になるが、リアンを救ってくれた恩人だ。可愛い妹を思って笑っているのであろう主人に、レイラは会釈をして感謝した。
───
「受け取れ」
酷く不機嫌そうな声に違和感を覚えながらも、ブレイディはクロードが指差した手紙を開けた。その姿をクロードはジィッと見つめるが、ブレイディが目を通す時には見ていられないとばかりに顔を両手で覆ってしまう。
「これは…」
なんとも面倒くさい、と言おうとしてブレイディは口を噤んだ。手紙の主は自身の主人が溺愛する妹君の様なので、口が裂けても文句と捉えられる事など言ってはいけないのだ。
「アステア直々の招待状だ。受けるな?」
不機嫌の正体は自分ではなくブレイディに手紙が送られてきたから、そんなところだろう。出会った当初から全く変わりのない主人に呆れを感じつつ、ブレイディは一つ頷いて見せたのだった。
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